2011/05/30

お代官様はいなくても──代官山

2011.5.14
【東京都】

 関東地方の梅雨入りが発表されましたが、まだ5月で長袖が欲しい時季なのにと思ってしまいます(2番目に早いらしい)。
 これって、夏が早く来て暑いということ? 先日の予報では「暑いが昨年ほどではない」とされますが、節電モードを加味すると「昨年並み」と見積もった方が懸命かも知れません。
 この夏は、どんな工夫で暑さを乗り切るのか知恵の絞りどころで、知恵の積み重ねが「京都の文化」を生み出したことを手本にできれば、文明の利器に頼りわれわれが手放した「粋な生活」を、手に入れられるかも知れません。


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 これまで代官山の駅に降り立ったのは2回程度だったか?
 オシャレに関心ない連中には「カンケーねぇ町」ですが、とっかかりを探しても後述の「車窓から見える踏切」だけでは、どうしたものかと……

 早速外堀を埋めるため、「代官山」の地名由来について調べてみると、江戸時代に小字(こあざ)として地名が登場し、代官屋敷や代官の山林があったとする説はあるも、資料は何も残らないそうです(渋谷区はこの手の説明に力を入れてます)。
 現在代官山町とされる地域は狭いものの、東横線の駅名とされてからは、丘陵地の総称として呼ばれるようになります。


旧朝倉家住宅(Map)


 ここは、東京府議会議長や渋谷区議会議長を歴任した朝倉虎治郎の住宅で、1919年(大正8年)に建造されました。
 都心に現存する関東大震災(1923年)以前の数少ない建造物として、国の重要文化財とされます。
 仕事がら接待や会合に利用された会議室の縁側には、畳を縦に2枚敷いたほどの大きな沓脱石(くつぬぎいし)が置かれてあり(上写真一番手前)、神社などで見かける効きめのなさそうな要石(かなめいし:地震を起こすナマズあるいは竜を押さえている)よりも、この平らで大きな石は落ち着きを与えてくれる気がします。

 以前は、付近の旧山手通りを流れていた三田用水から引き込んだ水の流れと、富士山の眺望が見事な庭園だったとされます。

 この住宅で印象的なのが「木へのこだわり」です。
 縁側のふちには、ガラス戸の動きを支えるためのレールが、金属ではなく木製のものが敷かれてあります。
 何かを引っかけたらすぐ折れそうなので、レールを短くし交換を簡単にするも普及しなかったそうです(そりゃそうだ!)。
 朝倉家は平民出身なので、貴族や財閥のように社交場とされる洋館は必要なく、接待や会議のために作られた洋間の窓(右写真)も、木枠で作られています。
 そのこだわりは材木屋出身の意地なのかも知れません……

 旧山手通りは代官山のヒルトップを通るので、その道沿いにはテレビで見たような店舗や人気のオープンカフェが並びますが、その脇に猿楽塚(さるがくづか:6~7世紀の円墳)が残されています。
 また付近からは、約2千年前(1世紀前後)の弥生時代後期住居跡や土器の破片が発掘されており、古代人も見晴らしのいい丘の上が好きだったようです(その時代はシーサイドヒルだったかも知れません)。


西郷山公園、管刈(すげかり)公園(Map)


 西郷と聞けば「西郷隆盛」ですが、この地名は弟の従道(つぐみち)に由来します。
 江戸時代の豊後竹田城主屋敷を、明治時代に従道が兄の再起を願い購入するも、その死により彼の別邸に利用されます。
 上写真は隣接する菅刈公園で、西郷邸があったのはこの付近になります。
 従道の肩書きには「元帥海軍大将・従一位・大勲位・功二級・侯爵」とあり、弟も偉かったことはまったく知りませんでした……

 上写真は、イロハモミジ類のベニシダレ(春に色づくモミジの総称)の種で、広げた羽で風に飛ばされていくようです。

 この公園を調べる際目にした、TVドラマ「東京ラブストーリー」(未見)等のロケ地となってから、代官山人気が高まったとされる辺りに、無関心の原点があったのかも知れません。

 橋の上は旧山手通りで、ヒルトップを削ったのか小さな谷だったのか、渋谷〜中目黒方面を結ぶ切り通し(下の道)があります。
 橋の上を流れたであろう三田用水(玉川上水の分水路)の痕跡は残されてないようですが、当時はこんな橋で切り通しを越えていったのではないか? と想像します。
 以前紹介した松濤園や旧朝倉家住宅に水を供給した後に、恵比寿の駅名にも残るビール工場がこの水を利用するためには、かなりの水量が必要ですから(その先三田まで供給されます)用水の施設もしっかりしていたことでしょう。


代官山の踏切(渋谷1号踏切)(Map)


 ここが代官山から唯一イメージできる、東横線の車窓から見える踏切です。
 カメラの背後は、かつて同潤会代官山アパートがあった場所ですから、そんな歴史が記憶される場所と感じるのかも知れません。
 同潤会は、関東大震災後の復興事業の一環として、世界からの義援金をもとに設立された財団法人です(国内外からの義捐金から1000万円を支出)。
 当初は被災者への住宅供給と、スラム化した住宅密集地の浄化が目的とされますが、後の日本住宅公団へと続く政府による住宅供給機関の出発点となります。
 それが再開発により「代官山アドレス:高層マンションと商業店舗からなる複合施設」(2000年)と生まれ変わり、「まだあんなアパートに住んでるんだね」が「こんなとこに、どんなヤツが住んでるんだろう?」と、印象が180度変わったことは開発者にとっては成功でしょうが、以前住んでいた人たちはどうしたのでしょうか?


 ヒルトップから東横線沿いを渋谷方面に下り、JR山手・埼京線との交差する近くの陸橋になります(写真奧が東横線鉄橋)。
 現在東横線の渋谷〜代官山駅間では、2012年度開通予定の地下鉄副都心線との相互直通運転に向けた、地下化工事が進められています。
 これまで高架で交差したJR線の線路を地下で避けるには、代官山駅からジェットコースターのように地中に潜る必要があります(どれくらいの傾斜になるのか楽しみにしています)。
 そうなればこの鉄橋は用済みとされます。
 その後の用途は未発表のようですが、桜木町の高架跡が歩道化されるような再利用をしてもらえたら、歩きたいと思う人は多いのではないでしょうか。

 それに伴い代官山の踏切(渋谷1号踏切)が無くなると、東横線の踏切は学芸大学駅〜自由が丘駅までなくなるのでは?(今度チェックします)
 踏切の数が減れば踏切事故は減るので、歓迎すべきことです。


渋谷清掃工場(Map)

 右はJR・東横線交差付近にある渋谷清掃工場で、煙突は150mあります。
 東京都の「清掃事業の特別区移管(2000年4月1日)」により、23区内のゴミ処理は基本的に区内で処理することになりますが、各区で使用可能用地の都合等もあり、ここのように駅近くに清掃工場の煙突が見える繁華街(池袋等)があります。
 都や区の事情も分かりますが、当時はスゴイ決断をしたと驚いた印象があります。
 2001年建設当時の「ハイテク」(現在耳にすると「いつまで通用するの?」と聞きたくなる)を駆使した設備で、内部の気圧を下げニオイを外に出さない、ダイオキシンを抑える等の工夫があるそうです。
 中でも最も重要と思えるのが「煙を出さない煙突」で、水蒸気も内部で抑える工夫をしているそうです。
 汚染物質は出てないしにても、煙突から水蒸気が見えるだけで「何が出ているんだろう」と感じる不安を払しょくする取り組みとされ、それはとても正しい対応と思います。

 しかし、隣接する目黒区の清掃工場との距離は1.6kmと近く、ご近所との印象があります。(23区内の清掃工場マップ
 いくら「安全」と言われても「目に見えないモノ」におびえる今どきでは、2つの清掃工場の間で暮らしたいと思う人は少ないのではないだろうか。

 清掃工場周辺には付きものの、焼却熱を利用した温水プール等も都市部では実現できず、ここでは清掃工場還元施設とさる「リフレッシュ氷川」(集会施設に老人向けのシャワーがある)や、右写真の「ふれあい植物センター」の温室が精いっぱいのようです(この施設知りませんでした)。
 ここは「グリーン」をテーマに活動を行う施設で、夏の節電対策で注目される「緑のカーテン」用のゴーヤ・アサガオのタネ配布や、温室内での「ホタル観賞会」等を開いています。
 小規模の施設ですが、都会っ子の目に「おもしろそう」と映ってくれればしめたものです。

 右写真は温室の「グズマニア」(西インド諸島原産)という植物です。


 追記
 福島原発事故における東京電力の情報開示の遅さには、(百歩譲って)現場に隠ぺい意図は無いとしても、不都合な情報を上司に伝えづらい職場環境や、意志決定権のピラミッド化(ハンコをいくつももらわねば、上層部に意見をうかがえない)が常態化しているため、非常時においても現場の状況を意志決定機関に伝える手段が無かったように見えてきます。
 そんな硬直化した組織が、IAEA(国際原子力機関)の調査が訪れた途端に、未公開の情報を次々と公表し「遅くなりました」と頭を下げています。
 これは東京電力という組織が、社会的・道義的な責任の負い方を理解していなかった(危機管理ができていなかった)ことを意味しています(JR西日本の宝塚線事故対応を想起するが、被害の大きさはその比ではない)。
 しかしIAEAの調査に対して「正直に伝え、正確な科学的判断をしてもらうべき」と考える行動は、組織が研究途上の原子力開発において「敗北宣言」したことを意味します。

 研究者が大学で基礎研究を学ぶに当たり、医療分野をはじめ口を酸っぱくたたき込まれる「研究者としての倫理感」というものが、少なくとも事故現場では生かされたとしても、世間に発表される時点で「組織の論理」にゆがめられては、科学技術はこれからも「利権」の虜とされてしまい、宇宙からの感動のメッセージも輝きを失ってしまいます……

 これまでどの政治家も及び腰だった(おいしかった?)「電力会社や背後の電源開発組織」を黙らせなければ、クリーンエネルギーによる国家の立て直しは見通せません。
 こんな状況下で総理大臣になりたい自民党の谷垣氏は、「放射能汚染をすぐ止めます!」と訴えるなら応援しますが、選挙期間すら無駄にできない実情を理解しているのだろうか?
 こんな非常事態でも協力できない政治の権力争いこそ、日本の危機という気がしてなりません……

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