2020/03/30

春の訪れにゆるむ国民性──南千住

2020.3.20【東京都】

 ポジティブなことを口にできない状況下に、リーダーシップをとる存在は現れませんが、追い込まれた形で小池都知事が声を上げた途端に、「ワシも!」と動き出した首相にはリーダーシップのかけらも……



 この日、素盞雄(すさのお)神社では「桃まつり:2月下旬~4月上旬」を開催中で、境内には約2000体の雛人形と、鉢植え等の桃(邪気を祓う霊木)が並びます。ですが屋内の展示スペースは、新型肺炎感染防止のため「窓越しにご覧下さい」とされます。
 素盞雄は天照大神(あまてらすおおかみ)の弟とされ、八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)を退治し手にした草那藝之大刀(くさなぎのたち: 熱田神宮の神体)は、皇位の象徴である三種の神器のひとつとされます。

 桃の節句でも願い事は笹に託すようですが(下)、なじみある姿なので違和感なく受け入れられそうです。


 お宮参りの祈願として、子育てのイチョウに絵馬が掛けられるように、親の祈りから神社(神様)とのストーリーが始まり、いまどきはパワースポットとしてつながりを再認識するのかもしれません。
 右の奥に並ぶ小さなのぼり札の鈴が、風に揺られ可愛らしい音を響かせ、傘みくじ(運を開く!)が結ばれる華やかさなど、神社にも話題作りの工夫が感じられます。

 ここは、松尾芭蕉「奥の細道」の出発点とされるため、周辺では芭蕉関連の案内をいくつも目にします。当時の付近では、隅田川が江戸の外れとされました。

 新型肺炎感染防止のため学校が休校となってから、屋外で遊ぶ子どもたちが増えた様子を、好印象と受け止めていましたが(TVゲームではなく外で遊べ!)、「外で遊んでちゃダメでしょ」と注意されるらしい。
 子供の不安感解消を親が見守る都立汐入公園(右・下)は、大発散大会といった様相ですが、感染リスクが高まる3条件の「換気の悪い密閉空間」ではなが、「人が密集」「近距離で会話や発声する」場所に当たりそうです。
 子どものストレス発散は可能ですが、見守るだけでは感染を防止できないかもしれません……

 彼岸の連休に際し、「大阪・神戸間の往来自粛」の呼びかけが的を得ていたことを、一週間(潜伏期間)後に東京での感染者急増から気づかされました(大阪・神戸でも感染者が確認されました)。東京でも危機感は抱いていても五輪延期発表前なので、漫然と右の光景を眺めていたようです。
 その判断は、行事日程(聖火リレー開始予定の3月26日)をターゲットとしたもので、春の訪れにゆるむ国民の気持ちなど視野になかったことを、表しているようです。


 外から見ると、他愛のないやり取り(キャッチボール)や運動に見えますが、親子にとっては大切なコミュニケーションですから、こんな運動がNGとなる状況を避けるためにも、要請や指示ではなく自発的な取り組みが必要ではないかと。不便そうに感じられますが、取り組む気持ち次第なので労力はかからないと。


 上はJR貨物 隅田川駅で(東北、上越線方面の貨物終着・始発駅)、貨物には冷たい印象がありますが、レールの曲線には道先案内の優しさを感じます。


連続テレビ小説「スカーレット」終了

 脚本は男女間の会話がとても上手なため、その得意分野にこもりがちで、世界が狭かった印象を受けます(家族以外は取り巻き扱いのように)。
 戸田恵梨香は、台所・食卓等の日常シーンが繰り返されるドラマを演じたかったのではないか? 何気ない場面まで神経が行き届くようでとてもカッコ良かったし、代表作といえるのではないかと。昨年の「まんぷく」安藤サクラのように演技を楽しめたので、若い娘にはない中堅どころの安心感を売りにしてもいいのでは。
 若手では、妹役の福田麻由子が印象的に残ります。

 脱線しますが、ちゃぶ台のある居間のシーンで、映画監督 小津安二郎さんのようなローアングルカットが一瞬あり、人物・心情の距離感が瞬時に伝わるインパクトは、日本間を切り取る発明! と、改めてローアングルの素晴らしさに驚嘆しました……


追悼 志村けん さん

 あの人のスゴイところは、
「ちゃんと最期まで使い切ってくれよな。こっちだって一生懸命やってるんだからさぁ〜」と、聞こえるような気がするところではないかと……
ご冥福をお祈りします。

2020/03/23

ハングリー精神を生んだ──三ノ輪橋

2020.3.15【東京都】

 電車の始発駅でも「一本待って座っていくか」の選択はなかなかできませんが、都電モードが入ると普段とは違う「ゆとり」を持ちたくなります……



 上は、都電に平行するアーケード街のジョイフル三ノ輪(三ノ輪銀座商店街)。荒川線の前身である王子電気軌道飛鳥山下~三ノ輪間(三ノ輪線)は、1913年(大正2年)に開通し商店街は19年に開業しますから、都電と共に歩んできたと言えます。
 砂場総本家(そば屋)等、歴史ある店舗も少なくなったようですが、味噌樽を並べる店(右)が健在です。お気に入りの味噌や合わせ方(ブレンド)で、好みの味を作り出すのが日本料理の楽しさと理解していても、実現できるのは時間にゆとりができてからと考えると、とても贅沢なことに思えてきます……

 右は、昔ながらのパーラー(喫茶店)のショーウインドーで、品名と値段が大きく書かれたピンクの札は、昭和的なオールドスタイルに見えますが、とてもわかりやすいと感じます。
 ガキ時分のデパートの食堂等では、子供にもわかるように「お子様ランチ」と大きな表記があり、それを目にして指差していたんだろうと。子供にとっては、社会との最初の接点だったように思えますが、それが店側の戦略だったんでしょうね……

 都電やアーケード街の背後も、区画は整理されていないようで、以前からの区割りに沿って新しい住宅が密集しています。そのおかげか小さな子どもたちを多く見かけ、下町の猥雑さを継承する若者たちが育てば、まだまだ下町はすたれないとの頼もしさを感じます。
 近所付き合いは気軽そうで、暮らしやすそうな町だからこそ、一人暮らしの年配者も安心して生活できるようですが、狭い路地まではサポートが行き届かないため、玄関前の側溝のわずかな段差に難儀する姿を目にします……

 三ノ輪橋は、かつて付近を流れていた石神井用水(音無川:王子で本流から分かれ、田端、西日暮里、日暮里のJR線沿いの崖下を流れる)に架けられた、日光街道の橋の名称。付近で枝分かれした流れに、泪橋が架かる思川があり、漫画「あしたのジョー」の舞台とされました。
 「巨人の星:町屋」「あしたのジョー:山谷」の原作者である梶原一騎は、ジョーのエンディング(?)に描かれたガスタンク周辺の出身とされ、もうひとつの代表作「タイガーマスク」の舞台も近くとすれば、ハングリー精神を生んだ地と言えそうです。

 思川、泪橋の名称は、江戸時代、南千住駅近くに小塚原(こづかっぱら)刑場があったことによるもので、刑場に連行される罪人の家族が涙しながら、橋の手前で別れを惜しんだとされます。
 三ノ輪橋付近で枝分かれしたもう1つの流れは、隅田川の治水事業として築かれた日本堤沿いの山谷堀で、吉原遊郭への客を運ぶ水路として賑わったそう。
 町から離れた場所に設置したい施設が、水害常襲地域に集められましたが、人口増加に対応する宅地開発のために環境が整備されることになります。

2020/03/16

下町が保持する機能──町屋

2020.2.29【東京都】

 特に何があるわけでもない町を歩きたくなるのは、味わいたい空気感に引かれるためらしく、好感度ではなく「遠い記憶』を追う感覚かもしれません……


 右の日暮里舎人(とねり)ライナー(日暮里駅〜見沼代親水公園駅)は、運転席のない新交通システムなので、スキあらば先頭座席に! が実現した絵です。いくつになってもと思うが、やはり楽しい!
 案内軌条(中央の白い設備)沿いをゴムタイヤで走行するため勾配に強く(抵抗が大きいためエネルギー消費も多い)、急な加減速が可能な様子はモノレールに近いか。
 ラッシュ時の混雑は田園都市線以上でも赤字が減らないのは、車両を増やしても利用者増加により、再増備が必要になるためだそう。見積りが甘くなったのは、利用者数が右肩上がりの路線が少なくなったせいとも……

 右は、隅田川のカミソリ堤防とされる薄っぺらい旧堤防の遺構で、現在も多くの場所に設置されています。付近はスーパー堤防化のモデル地区らしく、隅田川とは思えないなだらかな堤防が、落ち着ける憩いの場になりました。
 以前の周辺は人気のない場所のため、農耕・荷役馬の馬捨場とされたそうで、供養の馬頭観音が祀られます。

 隅田川に架かる尾久橋近くに、米軍による最初の本土空襲地の案内板があります。1941年12月の開戦から5ヶ月後の42年4月に空襲を受けますが、言論統制により口外を禁じられたそうで、口を封じれば広まらない時代でした……


 上は、尾久(おぐ)の原公園JR尾久駅はおくの読み)の枝垂れ桜で、もうじき花の季節になりますが、今年は桜の下で輪になって花見はできるのだろうか? 宴会の自粛要請は「上野公園のような騒ぎ(濃厚接触)はやめて!」の意味と理解しますが……
 一帯は、以前のADEKA(旧 旭電化工業)工場跡地の再開発により、当公園、首都大学東京荒川キャンパス東尾久運動場東尾久浄化センター(下水処理施設)とされますが、工場の町だった名残が旭電化通りの名称に残されます。


 上は、灯油等の小売りをする店の看板で、ガキ時分に目にした際は「関係ない」とスルーしていましたが、改めて目にするとスゴイ看板です。現在も営業継続しているのは、車の通れない狭い路地に暮らすお年寄りなど、小口ながらも必要とする方が多いためではないかと。
 新しい町では「危険物」と排除されそうですが、以前は必要性から当たり前と考えられていました。


 町屋(荒川区)は、京成線、地下鉄千代田線、都電荒川線の駅がある便利な場所ですから、再開発による右写真奥のシンボル的な高層マンション(2棟)建設は、地域行政としてマストな事業だったようです。
 駅周辺には火災延焼の危険性が高い地域が多いため、再開発計画はあるようですが、時間がかかりそうと。
 迷いながら歩くのが楽しい付近は、巨人の星の舞台とされたそうです(ついでに広島 鈴木誠也 選手の出身地)。

 上は、日本で唯一のぬりえ美術館で、蔦谷喜一の「きいちのぬりえ」がメインの展示らしいが、関心は「懐かしい絵柄」どまりです……


追記──有事に馬脚を露わした拝金体質

 どの国も、新型コロナウイルス(武漢ウイルスの方がわかりやすい)のような感染症対策を想定していないため、対応に浮き足立ってしまい、ボロボロほころびが出ています。
 WHO(世界保健機関)は、基本的人権「人間の健康」を目的とした国連の専門機関ながら、国連分担金第2位の中国への配慮が疑問視され、日本からの寄付を受け取った途端に賛辞を表明するなど、一般人には理解できない態度を恥じる様子もありません。健康ではなく権威を守るための機関としたら、事態収拾後には当然見直しを迫られることと。
 わが国では、イベント自粛のトドメとなる高校野球の中止により、全世代に危機感が伝わったと思うので、もうしばらく辛抱すれば緩やかに乗り切れるだろうと、希望的な私見を……

2020/03/09

都電にゆられる時の流れ──王子

2020.2.23【東京都】

 明治時代に、石神井川・隅田川沿いの低地に旧王子製紙、印刷局が設立され、周辺には高台の軍施設を支える軍需工場が次々と立ち並び、一帯は工場地域となったそうです。



 王子は北区区役所がある地域の中心都市で、駅至近に「産業と文化の拠点」とされる北とぴあ(ホール、会議・研修施設 等)のビルがあります。
 1階ロビーに置かれたコンパクトなパイプオルガン(上)では、これから演奏会が開かれるらしく、教会等の本格的な音色を聴く機会は限られるので、身近で接することができるいい提案と。
 スカッと晴れた日なので、17階展望ロビーの人は途切れませんが(下)、客層は子供連れと年配者が多く、若者がデートで来ないのは仕方ないかと……


 国立印刷局王子工場に併設のお札と切手の博物館には、2024年度発行の新紙幣 1万円札 渋沢栄一、5千円札 津田梅子、千円札 北里柴三郎の見本が展示されます(撮影禁止!)。渋沢栄一とゆかりの深い地域なので(飛鳥山に邸宅があった)、ポスター・のぼり 等が並び「渋沢栄一祭り」のような様相です。生誕地の埼玉県深谷市では、青淵(せいえん:彼の号)まつりが行われるらしいも、申し訳ありませんが深谷ねぎの甘さを想起しました……


 都電荒川線(東京さくらトラム)王子駅前停留場は、遅延等の運行間隔調整のため、複数車両が停車可能な長いホームになっていますが、ちゃんと乗客を待ってくれるようです。ホーム手前に改札があり駅のイメージに近いも、ホームからの出口は開けっ放しだったりするルーズさが下町らしいと。

 右は、東京書籍(教科書出版)が運営する、教科書図書館の東書文庫。国語の教科書に印刷された社名が印象に残りますし、英語のNEW HORIZONも同社だったんですね。以前道を挟んだ地にあった、同社のかまぼこ屋根の印刷工場はホームセンターとなりました。

 空襲で焼け残った東書文庫、現役の古い鉄塔(右側)や、荒川車庫に並ぶ歴代の車両(下)を目にすると、それぞれが過ごしてきた時間経過は違っても、車窓から見えた気がする町の歴史は、錯覚ではなかったと思えます。
 都電には踏切が多いこともあり、線路沿いの道を走る車ものんびりモードで、都電にゆられる時の流れが、沿線地域の生活リズムのベースとなっているように。

 子供向けのレトロな印象のあらかわ遊園は、現在リニューアル工事中のため(2021年夏頃まで)、都電の絵が多くなってしまいました(調べておかないと)……


 そうそう、国旗が掲げられるように、この日は令和最初の天皇誕生日でした。一般参賀は中止となりましたが、彼なら腐らないと思えるのも、幼少期からメディア露出が多いため、信頼感や親近感を持つためではないかと。
 ですが、そんな期待を背負うことは大変な重圧なのだろうと……


追記──世界はひとつという認識の必要性

 国外からの流入者を遮断しても時すでに遅しで、全世界に新型肺炎の感染が広まりつつあります。国民の安全確保は各国の責務ですが、ウイルス対策においては保護主義は役に立ちませんし、つながりを都合よくコントロールしようとする施策は、現実的でないことが明白になりました。
 トイレットペーパーの争奪戦が各国で起こることを、背景の違いを含めて分析すれば、世界のつながりなしに庶民生活が立ち行かないことが鮮明になるのではないか。
 それにしても、納豆が売り切れる事態には驚きました(パート従業員の欠勤で生産力が低下した?)。長時間自宅にいる子供たちが納豆好きなら我慢できますが……

2020/03/02

要衝に築かれた軍都の記憶──十条台

2020.2.1【東京都】

 前回までの西が丘、赤羽、十条から王子に至る高台は、軍施設(戦後は米軍基地)に占有された地域で、そんな一帯をたどりたいと思っていました。



 上の埼京線沿いに続く飾り気のない壁は、旧陸軍 東京砲兵工廠銃砲製造所を囲う壁で、米軍接収後もそのまま利用した施設も多いため、米軍基地の壁の記憶に重なります。
 日露戦争中(1905年:明治38年)に、小銃弾薬の増産を図るため後楽園周辺から移転した施設で、後述の施設を含めた敷地の西側境界にあたります。
 下は内側の様子で、レンガ塀にモルタルを塗り頑強さを誇示し、冷たい印象(近寄るべからず)を演出したのではないかと。ガキ時分に近所の米軍施設の壁にボールを投げた際の鈍い音から、「頑丈ではなさそう」の印象を思い出しました……


 施設のルーツは幕末期の加賀藩下屋敷にさかのぼるそうで、石神井川の水を利用して大砲を製造した施設が明治期以降も引き継がれ、板橋火薬製造所〜軍工場へと至ります。
 日露戦争当時は、周辺に火工廠稲付射場、東京陸軍兵器補給廠 等があり、軍用鉄道も敷かれますが、戦後すべて米軍に接収され、TOD(Tokyo Ordnance Depot:東京兵器補給廠)とされます(兵器補給廠、戦車練習場、赤羽ハイツ(米軍住宅)、極東陸軍地図局・第29工兵大隊、米軍板橋射場 等々)。
 想像するだけでゾッとしますが、壁を見かけても「ふ〜ん」と反応する世代に対して、戦争を知らないわれわれの世代にも、伝えるべき経験があると実感しました……


 旧軍用地とされたのは、埼京線 北赤羽駅〜京浜東北線 上中里駅付近に及ぶ広大な地域で、現在周辺で広い敷地を持つ、都営桐ヶ丘アパート赤羽自然観察公園NTC(ナショナルトレーニングセンター)東洋大学総合スポーツセンター帝京大学病院東京家政大学 等は、返還後に作られた施設になります。
 上は、北区中央公園(米軍接収時は王子キャンプ(野戦病院))から見える、隣接の陸上自衛隊 十条駐屯地の通信施設。


 年配の方は「軍都」と呼ぶほど関連施設が多い地域は、隅田川の流れと武蔵野台地の崖に守られる場所柄ゆえ、古くから上中里に平塚城、赤羽に稲付城が築かれる要衝とされました。はるか昔に、坂上田村麻呂(平安時代の征夷大将軍)が陣を張った、との言い伝えも残ります。

 上・右は中央公園文化センター(旧東京第一陸軍造兵廠本部)で、1971年返還後はサークル・グループの学習・文化活動の場とされます。威厳を感じる外観ですが、内部は公民館のようなわかりやすさを目指す掲示物のせいか、フレンドリーな印象に。


 王子神社は、石神井川が武蔵野台地を深く侵食し、隅田川に流れ込む高台のキワに位置するため、シンボリックな存在感があります(JR線は崖下の低地を通る)。
 鎌倉時代に熊野新宮 浜王子を勧請し、旧称 王子権現としたことが地名由来とされ、例大祭はお守りの御槍から「槍祭」と呼ばれます(上の神輿は2017年に新調)。十条銀座商店街周辺も王子神社の氏子だそう。


追記──2020年2月29日(土) 歩きやすい東京駅

 学校の休校、イベントの自粛要請を受けた週末、東京駅の利用者は普段と比べかなり少ないため(キャリーケースを引く姿が少ない)、「これくらいだと歩きやすい」と感じます。人出頼みの店舗は厳しそうですが、地域封鎖の予防策と考えるべきとも(封鎖されたら売上はゼロです)。
 街中には、東日本大震災時分のような「見えない敵を警戒する」緊張感が漂いますが、今回は一人ひとりにできることがありますから、実行しつつ静かに改善の推移を見守るしかないかと……