2009/05/11

現代も変わらぬ首都の弱点──隅田川上流部

2009.5.9
【埼玉県、東京都】

 今回は、先日都電荒川線の車窓から見かけた「町屋」付近を歩いてみたい、という動機から計画を練りはじめました。
 町屋も下町ですから隅田川まで足を伸ばそうかと考えはじめ、隅田川の河口付近(月島・築地)は歩いたので、始点となる水門付近も歩いておかねばと広がり、赤羽付近を目指そうと考えたのですが、そこからまた……
 東京メトロ南北線(目黒〜赤羽岩淵)はよく利用しますが、目黒側の東急電鉄とは反対側で直通運転している埼玉高速鉄道は未体験であるのと、埼玉県川口市の「キューポラ」の現状を見たかったので、さらに足を伸ばしました。


 川口(Map)

 川口市は荒川に面した都・県(埼玉)境の町で、以前は鋳物産業(加熱して溶かした金属の加工)が盛んでした。
 「キューポラ」とは鉄を溶かす溶銑炉(ようせんろ)【製鉄に使う溶鉱炉(ようこうろ)とは違い、すでに鉄である銑鉄(せんてつ)や屑鉄等を原料として、それをコークスの熱や電気の作用で溶かす炉】のことで、排煙筒(右写真)が屋根から突き出していると炎や燃えたコークスが飛び散り、周囲に被害を及ぼしたそうです(この煙突の名称と思っていました)。
 その存在を知ったのは、映画『キューポラのある街』(1962年)によります。
 映画出演時の吉永小百合さん(当時17歳)は、ほっぺたがパンパンのはち切れんばかりの若さで躍動し、社会の片隅で凜(りん)として生きる少女のしんの強さを、全身で体現していた記憶があります。
 彼女自身、当時の私生活が貧乏であったことを自慢しているので、映画での姿は内面から出ていたものなのかも知れません。

 現在のJR川口駅前は、とりあえずの再開発は一段落したようですが、ドでかいマンションが林立しており、川の対岸である赤羽(東京都)を軽〜く見下ろしています。
 住宅にすっかり囲まれてしまった別工場の看板には、「以前から工場地帯であるこの地で操業しており…… ご迷惑をお掛けしないよう改善に努めております……」とありましたが、この先どれだけ続けられるのだろうか? 包囲網が迫っているのは事実です。
 この煙突を見つけるまで工場をいくつも回りましたし、年々その数は減っているようで、これまで町を支えてきた地場産業の役目は終わりつつあるようにも見えます。
 映画のイメージからは「キューポラのある街=貧しさ」を連想させる印象があったので、自治体としては払しょくしたい意識があるかと思いきや、川口市では「キューポラ」を、環境通貨や情報誌の名称に使用していたりします。
 もう、ジュン(吉永さんの役名)の生きた時代の町ではない、という自信があるならば、過去の遺産に頼るのではなく、未来志向のキャッチフレーズを考えるべき、とも思うのですが……


 岩淵水門(Map)

 赤羽・川口付近で、荒川、新河岸川(しんがしがわ)の流れが接近し、隅田川は新河岸川の全部と荒川の一部を取り込んで流れを始めます。
 この水門は、荒川から隅田川への水流を制御しています。
 江戸時代(1629年)より関東平野では、洪水防御、新田開発、舟運開発等を目的とした河川改修が始まり、「利根川の東遷、荒川の西遷」と呼ばれるような大工事が行われたそうです。
 利根川の東遷→現在の中川付近から銚子方面に向かう現在の流れとした。
 荒川の西遷→現在の元荒川付近から、入間川に付け替えて現在の隅田川の流れとした。
 それにより、上流部の新田開発、舟運開発は活発になりましたが、下流部の江戸市中では隅田川の洪水が多発するようになり、大正時代から20年近くをかけて右写真の岩淵水門付近から、現在の荒川本流となる荒川放水路を人工的に開削したんだそうです。

 そんな歴史を持つこの地は、現在でも首都洪水防御の要であるようです。
 先日、この付近での隅田川や荒川の氾濫(堤防が決壊)を想定した場合、水門近くの東京メトロ赤羽岩淵駅に水が流れ込み、都心の地下鉄路線が水没するおそれがある、とのシュミレーション結果を目にしました。
 地下鉄が止まるだけなら何とかできるのでは? と思うものの、今どきの地下鉄は郊外からのJR・私鉄各線と相互乗り入れをしていますから、地下鉄が止まると首都交通網が麻痺することになりかねません。
 これまで幾度となく繰り返されてきた自然との闘いですが、現代の文明を持ってしても制御不能のおそれがあります。
 しょせん無理とは思っていても、何とかしてもらわないと次の日から都市機能が麻痺してしまいます。
 温暖化によって海面の水位が上昇すれば、洪水の危険性は上流部へと拡大するおそれがあります。
 はて、現代文明はこれからどう「水」と闘い、付き合うべきなのでしょうか?


 上写真は、水門から5kmほど下流の小台(おだい)という場所で、分かりづらいですが、土手の右に荒川(放水路)、左に隅田川の川面が見えます。
 別の流れとはいえ湾曲して流れているので、堀切あたりまでは近くを流れていきます。
 ここが最も接近していると思われる場所で、両川は2〜300m程度まで接近しています。
 荒川放水路建設当時は、堤防だけだったと思われるのですが、いまではマンションや大型電気店まで建てられています。
 この地訪問の趣旨として「決壊の危険性があるのでは?」と思っていたのですが、しっかりと開発済みでした。
 危険そうな場所に住宅建設の許可を出してしまえば、そこを守る義務が生じるわけですから、都は自分の首を絞めているようにも思えてきます。

 この場所への交通手段としては、2008年3月に開業した都営の「日暮里・舎人ライナー」があります(「ゆりかもめ」と同じ新交通システム)。
 この電車は土曜日でも結構混雑していましたし、平日も予想以上の混雑で増発しているそうで、交通不便の解消として待ち望まれていたようです。


 町屋(Map)

 この駅前にも、いまどきは「町の義務?」とすら思える高層マンションが数棟建っています。
 でも、空を見上げない限り町の様子としては、住民レベルでの建て替え等の更新をポチポチ見かける程度ですから、ほどよい下町の風景が残されていて、路地散歩にはもってこいの環境に思えます。
 都電の町屋二丁目停留所から商店街を歩いてみると、それほど活気は感じられないのですが、何となく営業を続けているような商店がどこまでもダラダラと続いています(そんな光景は好きなのですが、褒め言葉になってませんね)。
 そんな枯れかけた商店街を歩いているうちに、いつの間にかタイムスリップして過去の時代に連れ込まれるのではないか? などと思わされる瞬間がありました。
 ──『異人たちとの夏』(1988年)という映画を想起しました。下町をさまよううちに、死んだ両親と出会う「異界」への扉を開く(映画では浅草だったか)、状況設定を思い出しました。

 というのも、そこかしこに連なる迷路のような路地にはかならず主のようなネコがいて、その姿がとても絵になっているので、徐々にその存在が気になってきます。
 別にネコ好きではないんですが、その姿が「おいで、おいで」と手招きしているように感じられるのか、構いたい気持ちにさせられます。
 それは、別世界への怪しげな誘いのようにも感じられますが(アニメのストーリーじゃないんだから)「知らないネコについて行っちゃダメよ!」といわれるまでもなく、垣根の中までは追えませんしね……
 しかしこれ、いつも悩むところで、他人の家に無断で入ってはいけない、と思うものの、その家だけの通路でも道路側に表札が出ていないと、しばし考えた後、人けが無ければ入ったりしちゃいます(これ見られていたらかなり怪しい!)。
 ホイホイ入っていっちゃう方なので、右写真のように「立ち入り禁止」と書いてもらえると、ネコではないので失敬せずに済むというものです(反省してないね)。
 でも、町の路地に迷い込んでタイムスリップするというのは、ありえるようにも思えるのですが……
 それは妄想としても、今度じっくり歩いてみたい町という印象を持ちました(ちょっと遠いんですけどね)。

 散策中の小さな公園で「ラジオ体操会場─年中無休─」という看板を見かけました。
 その前を、手ぬぐいをぶら下げたおじいさんがのんびりと歩いていきます。おそらく、ひとっ風呂あびに行くのでしょう。
 そんな情景を「当たり前」に保っている地域のようです。


 上写真は、町屋に近い三河島(みかわしま)水再生センター(下水処理施設)で、日本で最初の近代下水処理場なんだそうです。
 再生済みの水を隅田川に流していますが、飲料以外の上水として利用するためには、もう一段階の処理が必要だそうですから、処理後の水にもそれなりの汚れが含まれているようですが、環境基準とコストを考えれば仕方ないのでしょう。
 ここは、下水に含まれる汚れ物質を何度も沈殿させて取り除く施設なので、広大な沈殿池が必要となり、その上部をグラウンドや公園に整備して一般開放しています。
 ただ、屋外なのに塩素や消毒液のニオイが強烈なので、プールでテニスや野球をしている気分じゃないかと思われます(それも仕方ないんでしょうね)。

 今回、隅田川の水質については、上流の新河岸川から改善しなければきれいにならないこと、納得いたしました(無理であろうことを理解しました)。

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