2011/03/14

節電の必要──2011.03.11

2011.3.11
【東京都】

 2011年3月11日東北地方を中心とした「東北関東大震災」が発生しました。
 阪神・淡路大震災(1995年)発生当時、地震研究をかじった者として、その認識の甘さを根底からひっくり返されるような衝撃を受けましたが、この東北関東大震災でも、これまで何度も津波被害に見舞われた土地柄ゆえ、ここまでやるかと思うほど巨大な津波防災用の防潮堤等が役に立たなかったことに、人類の英知の力不足を思い知り言葉を失います……

 「未曾有」「想定を越えた」と頻繁に耳にしますが、それは人間の生活を基準にしているわけで、お金と利便性のバランスから判断されるのでしょう。
 これまで以上の要塞のような施設建設にはお金が必要なわけで、住民の税負担も増えてしまいます。仮にそんな要塞を作り上げても、不便すぎて日常生活に支障をきたすようでは、住民に受け入れられません。
 現在の「想定」が、研究者の「○○○年に一度の災害に耐えられる」を採用したならば政府の人災と言えそうですが、お金と利便性のバランスから調整されたとすれば、「これ以上の事態は仕方ない」と判断した自治体の人災となるのかも知れません(そこには切り捨てやむなしの考えが存在します)。
 これは責任を追及するものではなく、被害を防ぐことができるのは「人の知恵」と考えれば、どこで、誰が、どんな知恵を出せばいいのかを、みんなで考える必要があるのではないか、という提案のつもりです。
 まだ被害の全貌は分からない状況ですが、被災された方々にはお見舞い申し上げます。

 その日の首都圏は、JRは終日全面運休、地下鉄・私鉄も夜遅くまで運転見合わせ、首都高通行止めで一般道は大渋滞という状況なので、都心で働く人たちの多くは「徒歩帰宅」を選択したようです。
 週末でもあり、会社にとどまるより大変な思いをしても、家に帰りたい気持ちはわたしも同じです。
 とは言え、アバウトな見積でも4時間コースか?(六本木〜川崎市)と思っていたので、その動機付けに六本木の町を歩いてみました。
 周囲からは「あぁ、やっと六本木だ〜。渋谷までの半分は来たよね」や、アベックか分かりませんが男性が気遣って「靴買ったら?」に女性「欲しいけど、買えないと思う…」(既に六本木ヒルズは閉館状態)等の、実感のこもった声が聞こえてきます。
 食事をするつもりがどこも混雑していて、タイミング良く入れた吉野屋でも「お持ち帰りは、60個のオーダーがあるので1時間ほどかかります」という状況です。
 そんな尋常ではない町の様子を目にすると、これは予行演習の意味を含めて一度経験しておくべきというスイッチが入り決断しました。


より大きな地図で 東京2011 を表示

 普段タクシーで帰るのは中原街道ですが、運転再開の情報を確認したいので、六本木〜目黒〜洗足からは目黒線沿いに歩きました(上ルートマップ)。
 都心の幹線道路の歩道には、防災用ヘルメットをかぶり(非常用持ち出し袋を背負う人もいる)、地図のプリントを手にした人が多いことに驚きますが、会社の災害時マニュアルに従い自分の身を守りながら実験要員となります(結果を再検討することで、さまざまなアイディアが生まれるかも知れません)。
 大阪で務めた会社では阪神・淡路大震災の教訓から、手の届く場所にヘルメットを常備することを義務化していました。
 地震が来たらまずヘルメットをかぶれとの指導は、従業員を守り会社の姿勢と体制を防御します。

 ある程度の情報を得て恐怖感が薄れた時間帯なのか、「集団下校」のような気分が徒歩帰宅の流れに感じられます。
 大規模な避難訓練のようですが、東京という都市全体で実践されたことはとても大切な事で、きっと首都が直撃された際には、この経験からの知恵が生かされることでしょう。

 わたしは、2時間半ほど歩いた東急目黒線奥沢駅付近で電車の運転再開となり(午後11時前)、そこから電車に乗りました。
 自宅まで、おおよそ3時間強で歩ける事を実感できたことが収穫と思っています。
 これを「飲み屋から出たらちょうど電車が動き出してた」とするやからがいたら、言い聞かせてやりたいと思ったりします。

 翌日夕方のスーパーが普段より混雑していると思ったら、食品の棚はどこも空っぽです。
 高速道路が閉鎖され物流システムがマヒしたことと、不安感から買いだめに走る人が多いようです。
 特に冷凍食品やカップ麺の売場からは、キレイに商品が消えています。
 在庫できない生鮮品もありますが、たった2日間入荷がないだけでこんな状況になるとは想像できませんでした。
 食糧備蓄というものは、災害に被災した場合を「想定」していましたが、被害を受けなくとも「食べるモノが手に入らない」実態を目にし、不安の連鎖に反応してしまう弱い心の持ち主にこそ(メディアが煽ってそうな気もします)、災害時の不便さを経験してもらいたいと思ったりします。
 でも食糧備蓄を実践するとなると、例えば保存可能なカップ麺を1ケース買っておいて、賞味期限前に食べ切ることを習慣にすると、週に何回か食べる事になりそうですし、冷凍食品は電気が止まり解凍できなければ食べられなくなります。
 きっと、真空パックのご飯と、宇宙食のようなレトルト系のおかずのバランスを考えながら、日々の食生活を送ることになるのでしょうが、食品保存料の摂取過多で体がおかしくなりそうです。
 週明けから首都圏では「計画停電」が始まるそうなので、冷凍食品は早めに食べた方がよさそうです。するとまたカップ麺が品薄になりそう……

 現代社会においては、まるで戦時下を想起させるような不自由さですが、徒歩帰宅で何時間歩かされても文句ひとつ聞こえなかったように、計画停電でも知恵を絞って乗り切っていけるのだと思います。
 それは、われわれよりも極めて過酷な状況に置かれている人たちの存在を知っているためで、こちらの頑張りを被災した方々へのエールとしたい気持ちから生まれるのだと思います。
 そんな国民全体が、ひとりでも多くの方を一刻でも早く助けて欲しいと願っているのに、自衛隊の災害救援人員が(その数の妥当性については判断できませんが)、結果的に2万人〜5万人〜10万人と増員されることになりました。
 災害救援には初動活動が大切であることは、国民は切実に理解していますから「だったら何で最初から10万人動員しないんだ」の文句は、みんなが思っているのではないでしょうか。
 指揮系統がしっかりしている集団であれば、臨機応変な対応が可能であると思いますし、隊員自身も助けに行きたいと思っていたに違いないと想像できるので、とても悔しく思えてなりません……


追記
 アップ時はタイトルを「食料備蓄の必要」としましたが、月曜日の経験から「節電の必要」に変更したいと実感しました。
 これまでも偉そうにしてきた電力会社には、停電通告や原発トラブルの対応など癪に障ることが多いのですが、鉄道会社や大手の工場が協力姿勢の手本を示してしまうと、庶民はお手上げ状態となります。
 せめて鉄道の平常運行だけは確保してもらいたい心情から、身の回りで可能な部分からでも節電をすることで、電車だけは普段通りに走らせてもらわないと、お父さんたちは疲弊してしまい、そこから二次的なトラブルが起きてしまうと思われます。
 ひとりの我慢には限界がありますが、みんなで少しずつ我慢すれば電車を普段通りに走らせることができるのではないか、と思っています。
 大災害には、立ち直るための結束を生み出す反作用的な力がありますが、それをうまく利用して日本全体が元気を取り戻せる「希望」を描けないかと、楽観的すぎる「夢」を抱きたい気持ちもあります。

0 件のコメント: