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東武博物館(Map)
現在も東武伊勢崎線東向島駅の看板には「旧玉ノ井」の表記があります。
昭和初期に地名は消滅するも、玉の井町会(墨田3丁目、東向島5丁目周辺)として活動する住民の意向だろうか? でも、旧地名を町会名に残すのはいいアイディアです。
駅の高架下に、東武鉄道の歴史を展示する「東武博物館」があります。
人気の「東武電車でGO!」(勝手に命名)は、実物の運転台と沿線映像の使用に加え、サポートの運転指導員が臨場感を高めてくれます(上は蒸気機関車のエンブレム)。
旧玉の井地域(Map)
玉の井は旧地名ですが、俗称の「玉の井」は1918年(大正7年)~1958年(売春防止法施行)まで存在した私娼街(非公認〜戦後は公認の赤線地帯)を指す。
1918年頃に浅草「観音うら」を追われた「銘酒屋:めいしゅや(飲み屋を装い売春を提供する店)」が移転したことに始まり、関東大震災(1923年)以降は浅草での営業が禁じられ、市外に認められたこの地や亀戸に定着します(隅田川を渡ると市外)。
亀戸と違いヤクザがいない「堅気の町」という評判だったそう(上は写真店)。
私娼街が戦争までの20数年間で5つの地域を転々としたのは、火災で焼け出されたためでしょう。
永井荷風の小説『濹東綺譚:ぼくとうきだん リンク先はPV風動画』(小説は未読で、新藤兼人監督の映画内容も覚えていない)、滝田ゆうの漫画『寺島町奇譚:てらじまちょうきたん』の舞台は戦前の地域らしく、すべて空襲で焼けました。
痕跡が残るのは、戦後「赤線」とされた地域だけで、そんな名残も右の窓飾り程度しか見当たりません。
付近の再開発では土地がまとまらないらしく、小規模な建て売りの内覧が目につきます。
滝田さんの漫画で印象に残るのは、窓辺に腰掛けたお姉さんがため息をつく情景です(犬がいましたよね?)。
事情を理解しながらも、若い男が勢いにまかせるような熱情で接してしまうのは、その手の女性と身近すぎるからで、諭されながらもお姉さんのうれしそうな表情を見たいゆえ、苦悩が生じたのでしょう……
右も以前の痕跡を隠したように見えますが、元はただのタバコ屋だったらゴメンナサイ。
でも、檀一雄、太宰治、サトウハチローなどを引きつけた飾りっけのない魅力とは、「ここはタバコ屋じゃないのか?」というような身近なフックではなかったかと……
名残はほとんど目にできませんが、滝田さんの世界に迷い込めそうな路地裏探索を楽しめました。
リアルさがないのでノスタルジーに浸れますし、人なつっこさを感じる(人を拒まない)印象がこの町の魅力かも知れません(上は骨董屋の玄関)。
またそんな所に引っ掛かって、と言われそうですが、野郎の「少年性」≒「滝田少年の関心事」(ほぼ同じ)ですから、いくつになっても「目にしないと気が済まない」ものなのです……
追記──盛り上がりそうな盆踊り
上は8月15日の柴又帝釈天境内で、いまアップしないと時季外れになると思い。
寅さんが騒ぎを起こしそうなハレの舞台です。
8月13〜15日に柴又青年団(青友会)主催の盆踊りが、22〜24日に同じ場所で柴又商店街主催の「寅さん祭り」があるような踊り好き? らしい。
お寺での盆踊りはあまり目にしないが、これが庶民に身近な帝釈天の姿のようです。
普段は働いているお盆の時期に休めたのは、雑誌を作っていないためです。
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