2015/08/03

旧川筋に続く営み──旧弦巻川

2015.7.18【東京都】──「神田川を歩く_28」

 今回から、以前の旧神田川支流が暗きょとされた旧川筋を歩こうと思います。
 本日は、池袋付近から江戸川橋付近に向かう南ルートの旧弦巻(つるまき)川を歩きます。


 流量は少ない川でも、水辺に集まる人々により雑司ヶ谷の地域文化が築かれます。
 都市開発の大局から小さな谷(水場:集落)は見過ごされたおかげで、いまも下町の生活感が残されます。


 上の国土地理院標高図に見入っちゃうのは、わたしだけ? 町の成り立ちを想像し楽しみながら、暑い季節はできるだけ坂の上りを減らしたいなどと……


池袋駅西口


 上は池袋駅西口に1990年開館、2012年リニューアルオープンした東京芸術劇場
 パイプオルガン設置の大ホール、演劇に利用される中ホール、小ホール×2や、ギャラリーなどのある、名にふさわしい施設です(東京学芸大学附属豊島小学校跡地)。
 今回雨宿りで初めて入りましたが、上演中のロビー(フリースペース)は閑散としていおり、わたしのような避難民+常連客(家に居場所の無い準ホームレス?)が、何するわけも無く漂っています。無料の涼み処ですものね……

 池袋ウエストゲートパーク(西口公園)では「東京フラフェスタ in 池袋:13回目」が開催されています。
 152チーム(約4,000人)の老いも若きも(子供たちも練習する)が集結するイベントですが、ムームー(ハワイ女性のドレス)姿のおばちゃんが多く、喫煙所はスナックママの溜まり場のよう……
 われわれには「フラダンス」の表現がなじみますが、「フラ」はダンスの意味も含むハワイの宗教的総合芸術を意味します。
 こちらも宗教的行事とされるリオのカーニバルでは、サンバでパッションを爆発させますが、島国育ちとしてはフラに込められる心情に親近感を覚えます。

 池袋の地名由来について。
 駅周辺に袋のような窪地に池が多くあった、水が湧き出る「ぶくぶく」音などの説がありますが、ゆかりとされる「丸池跡:旧弦巻川の水源地」は西口繁華街にあります(奥はルミネ)。
 また、近ごろ増殖中のいけふくろうの由来となる「フクロウ生息説」も伝わります。
 「フクロウ」の名は「膨らむ鳥」により、「袋」も「膨らむ」に由来すると聞くと、地名に込められた願いが現在の繁栄を導いた、とも言えそうです。


雑司が谷鬼子母神


 付近の郷土玩具「すすきみみずく:ススキの穂で作ったフクロウ人形」には、病気の母の薬が買えない娘が、鬼子母神のお告げ『ススキの穂でミミズクを作り売りなさい』に従い、薬を買うことができたとの伝えが残り、現在も雑司が谷案内処で売られています。
 上写真のなだらかに下った先の旧弦巻川沿いに、ススキが茂っていたのでしょう。


雑司が谷旧宣教師館〜雑司が谷弦巻通り商友会


 人々が集まる旧川筋には、細々ながらも地域に根ざす雑司が谷弦巻通り商友会が健在です。
 路地に屋根をかけてアーケードとしたストアー(現在の営業は八百屋だけ)や、一目見れば豆腐屋と分かる特徴的な軒先など、「谷根千」に通じる昭和な香りが漂います。

 上は一般公開される、雑司が谷旧宣教師館「旧マッケーレブ邸:豊島区に現存する最も古い近代木造洋風建築物」。
 付近に菊池寛旧邸跡があるので、提灯の「寛」は彼の関連と思うも、三角寛(山窩(サンカ:山野を渡り歩く漂泊民)作家、旧池袋文芸坐支配人)の旧宅を利用した料亭。

 雨を避ける帰り道ながら、脇道の木立に誘われ下の「清土(せいど)鬼子母神堂」に立ち寄ります。
 ここは、雑司ケ谷鬼子母神に祭られる像が出土した地と知り、霊感は無くても通じ合えるものだと。
 三角井戸は、鬼子母神像が出現した頃から、星のような光を放ち「星の井戸」とされたそう。
 以前は三角が星の表現だったのか? 五芒星は安倍晴明の平安時代から伝わると思うが……


 護国寺付近から旧川筋の上を首都高速5号池袋線が通り、江戸川橋付近で神田川に合流します。
 首都高速道は昭和期の建築物ですが、昭和な空気感を断ち切る存在でもあり、夢からさめた瞬間「クラッ」としてしまうような、タイムトリップができた気がします……

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