2009/07/13

梅雨は恵み、と感じる──国分寺崖線、お鷹の道

2009.7.5
【東京都】

 府中刑務所(Map)


 有名な施設の割には訪れる機会のない場所で、初めて歩いたのですが(よく来る人ってどんな人?)、ここが日本最大の刑務所なんだそうです。
 収容者数が増加しているので、恒常的に定員を上回る3,000名以上の受刑者を抱えているそうです(税金からの支出が増えていることになります)。
 ですがわたしは、塀の中よりも「三億円事件(1968年)」の事件現場としてのインパクトの方が、強く残る世代に含まれます。
 訪問の動機も、当時を想起させる痕跡が何か残ってはいまいか、というものでしたが、あっさりと打ち消されました。
 近ごろ作りかえられたこの外壁(塀)には、「景観賞」なるプレートが貼られてありますし、事件現場とされる「学園通り」沿いには住宅が建ち並び、自動車の交通量も多く、自転車やジョギングの人も頻繁に行き来しています。
 いくら日本最大の刑務所とは言え「塀の外」は、庶民が暮らす空間ですから、往来を促進することで暗いイメージや記憶を払しょくし、明るい雰囲気作りから犯罪防止を目指そうとする主旨は、とてもよく理解できました。
 ──でも今回は、薄汚れたコンクリートの刑務所らしい(?)「塀」が見たかった、というのが本音です……


 上写真は、服役者の入出所ゲートになります。
 映画などで目にする、鉄の扉が開いて釈放者が「シャバ」に出てくる光景は、一般人は見ることが出来ないようです。
 左下にある「釈放者を出迎える方へ」の看板には、釈放者の家族および身元引受人以外は立ち入るな、とあります。
 シャバ(娑婆)という言葉は、仏教では「煩悩や苦しみの多いこの世」との意味になるそうです。
 塀の中の服役者が使うにしては、とても哲学的な表現に思えましたが、おそらく極刑を受けずに「この世」に戻ることができる、という安堵感を表す言葉なのではないでしょうか。

 撮影位置の背後に、ゆうちょ銀行のATM施設(現金引き出し機)がポツンと立っていて、とてもリアルな存在感がありました。
 ゆうちょに預金のある釈放者に限られますが、これぞ純然たる「利用者のための施設」です。
 古くなりますが、映画『幸福の黄色いハンカチ』の高倉健さんが、出所後に最初のビールをがぶ飲みするにも、現金が必要ですものね……
 このATM施設の強盗を考える人はいないと思われるので(監獄直行を覚悟していれば別)、最も安全な施設(?)かも知れません。


 国分寺跡(Map)

 国分寺とは、741年に聖武天皇が、当時流行した天然痘から国民を守るため、律令体制下の各国(地方豪族たち)に建立を命じた寺院で(国分寺のいわば総本山を東大寺とし、大仏を建造)、国分寺と国分尼寺(こくぶんにじ)をペアで、国府付近(武蔵国の場合は府中)に作らせたそうです(国分尼寺という存在自体、知りませんでした)。
 この地には当時、七重塔があったとされ、その礎石とされるものが残されています(右写真は金堂の礎石)。
 実家に近い神奈川県の海老名市には、相模国の国分寺があったとされ、そこにも七重塔があったと聞きます。
 五重塔は現在でも見られますが、七重塔は全国の国分寺だけに認められたもので、九重塔は天皇の権威を示すために作られたことがあるそうです(焼失)。
 仏教では、奇数が陽(偶数を陰)とされるので、奇数階層の建造物になるようです。
 ──藤原鎌足を祭った談山神社(たんざんじんじゃ:奈良県)には十三重塔があります。


 武蔵国分寺(Map)


 武蔵国分寺(門柱に刻まれた文字には迫力がある)は、規模は小さくも現存しています。
 上述の国分寺跡とされる場所にあった建造物は、鎌倉時代末期の1333年、幕府勢力と新田義貞率いる反幕府勢が衝突した、分倍河原(ぶばいがわら)の戦いにより、焼失したそうです。
 その後、新田義貞によって再建されたものが、この武蔵国分寺(真言宗)とされています。

 日本各地から集められた多様な植物群が境内に植えられ、「万葉植物園」として維持管理されているので、植物に興味のある方には楽しめる一画と思われます(わたしが見ても、特にコメントは浮かびません……)。


 真姿(ますがた)の池(Map)


 上述の武蔵国分寺の近くに「お鷹の道・真姿の池湧水群」があります。
 ここは国分寺崖線(がいせん:武蔵野台地を多摩川が浸蝕した崖の連なり)の下部から、まとまった湧水のある地域で、以前紹介した野川公園を流れる野川の源流のひとつになり、東急田園都市線の二子玉川駅付近で多摩川に合流しています。

 由来としては、玉造小町という美人がらい病(ハンセン病)を患い、国分寺の薬師様に願かけをしたところ神童が現れ「この池の水で顔を洗え」とのお告げに従ったところ、元の容貌に戻ったという伝説によるそうです。
 それだけキレイでおいしい水なので、汲みに来る方もいるそうです。環境省選定の「名水百選」に選ばれているとのこと。
 上写真も、浮かんでいる落ち葉と、右側に点々としている木もれ日の反射光以外は、池の底の光景ですから、透明度が理解いただけると思います。


 お鷹の道(Map)


 このネーミングには、色恋の絡んだエピソードがあるのかと思いきや、江戸時代に徳川家の鷹場(鷹狩りの地)だったことにちなむそうです。
 メインの水源地は、上述の真姿の池付近になりますが、同じような地形(崖線)が続くので、あちこちから湧水が流れていると思われます。
 近隣住民の方々の努力で、水路の確保と景観の保持が行き届いているので、とても落ち着いた散策路となっており、ホタルが生息しているそうです。
 観察できる時期は限られているでしょうが、それは草花や野菜を育てることと似ているように思われます。
 水は供給されるので、流れ周辺の手入れを怠らなければ、毎年見られるわけですから、湧水地付近に暮らす方々に科せられた義務であり、特権と言えるかも知れません。


 水に恵まれており、平坦な土地であったことから、国府(府中)や国分寺が置かれ、武蔵国の中心とされた理由が、とてもよく理解できました。


 殿ヶ谷戸(とのがやと)庭園(Map)

 JR国分寺駅の近くにありますが、谷戸(丘陵地の谷あいの低地)の名の通り公園内には、平面図からは見て取れない高低差が存在しています。
 たかだか10数mの高低差にしても、初めての訪問なのでウロウロと何度も上り下りさせられると、この日の疲れが一気に足にきてしまいます。
 ここは、大正初期に江口定條(さだえ:三菱→満州鉄道副総裁)の別荘として整備され、昭和に岩崎家(三菱財閥)の別邸とされたそうです(施設名の由来は旧地名によるそうです)。

 右写真の花の脇に、カワラナデシコの立て札があり、子連れのお母さんも「ナデシコだよー」と、子どもに話していました。
 花にはうといものの、最初に思い浮かんだ「キキョウじゃない?」の印象を帰ってから調べたら、やはりそのようです。

 奧に見える建物は、紅葉亭という茶室で、岩崎家の所有時に作られたそうです。
 現在は青葉ですが、手前にはカエデ等の紅葉する木々があるので、晩秋の季節には見事な光景が目にできそうです。

 この地の斜面下にも湧水個所があり、庭園の池に流れ込んでいます。
 同じ湧水とはいえ、池にしてコイなどを放しては水の清らかさは失われてしまいます。
 庭園設計においての水盤というデザインだったり、海を想起させる存在がよろこばれたのでしょうか?
 もしわたしが、キレイな湧水のある庭を持ったなら、池は作らず流れるままにして、ホタルが生息できる環境を保ちたい、と思ったりしました。


 いまどきの七夕の短冊は、発色も鮮やかなビニール系の素材を使った、カラフルなものなんですね。
 確かに、色紙の短冊に願いを書いていた時分、雨に濡れたりすると、色紙の染料まで流れ落ちてしまったのは、悲しいものがありました。
 七夕の晩には、天の川は見えずとも夜空は見えていたので、子どもたちもお願いはできたのではないでしょうか……

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