2017/03/06

うるおいを肌で感じる──都立大学

2017.2.18【東京都】──「呑川(のみがわ)を歩く_4」

 呑川上流域の主な流れは、東急東横線 都立大学駅付近でひとつの流れとなるため、呑川の名称由来と思われる「大雨時に周囲が飲み込まれた」のは、この付近ではないかと。



都立大学駅周辺

 右は、柿の木坂支流(暗きょ)の上に、なごりとして(?)設置された小便小僧+池ですが、駅周辺では乾燥する季節も、うるおい(湿度)が肌で感じられます。
 周辺は、学芸大学駅方面からは柿の木坂の下で、自由が丘駅側にも丘陵地があるため、雨水が集中する谷底になります。これは推測ですが、車窓から見える駅前に並ぶ古いコンクリートの建物は、洪水対策として自治体から奨励されたのではないかと(一枚下の飲み屋のビルもかなり年季が入っている)。
 下水道幹線だから不衛生とは感じないも、湿気の滞留は望まぬ産物をもたらしそうと。

 東横沿線風景とされる(?)狭い駅周辺には、若い住民向けの活気を感じる店舗が並ぶ中、右の魚屋は水産業界の流通変革を目指すらしく、この地への出店はいい狙いと。
 当然魚が食べたくなり、近くの「鉄火丼」の看板に誘われるも、刺身は及第点なのにしゃりがイマイチ(水分多め)なのは、回すため(回転寿し)の仕込みかと……

 下のビルで、現在どれだけの店が健在か不明ですが、スナックがこんなに必要な場所柄だったの? なんて言うと、「おだまり!」の声が聞こえてきそう……




 右は境内の庚申塔で、子どもの供養にぬいぐるみを置きたい気持ちは、ご近所に理解されるようです。
 京都 伏見稲荷とのつながりや、桜の森だった痕跡は見受けられませんが、地域の人々から慕われるようできちんと手入れされています。
 現在花見は、呑川沿いが最寄りという住宅街になりましたが、環七の向かいにすずめのお宿緑地公園がありますから、以前は桜の森や、竹林が広がっていたようです。
 以前、ゾッとするようなスズメの大群が飛び立つ写真を見たことがあります(発見できず)。



 栗山家は、江戸時代に旧衾村(ふすまむら:駒沢オリンピック公園近くに衾町公園がある)の年寄を務めた旧家で、家屋は目黒区の有形文化財とされ、母屋はすずめのお宿緑地公園に移築保存されます。
 裏側に隣接する中根公園も屋敷の敷地だったように。

 東急大井町線 緑が丘駅は開業当初、栗山家所有地にある山の名から中丸山駅とされましたが、現在も駅南側の東京工業大学敷地は栗山家所有とのこと。
 直接的な還元はないにしても、学府に土地を提供するとは、何と夢の広がる社会投資か!



 2012年完成の「環境エネルギーイノベーション棟」(右)は、二酸化炭素の排出を削減し、棟内消費電力をほぼ自給自足できるエネルギーシステムを持つそうで、ソーラーパネルに覆われる姿を線路脇でアピールしています。
 左側には先導原子力研究所が隣接しますが、原発事故から6年が経過し、元凶は制御できないものを世に出した政策とお粗末な運用機関にあり、原子力研究ではないとの論点整理はできても、アレルギー(拒絶反応)は消せません(原子力を志す若者が減ったのも当然です)。
 設備のすごそうな施設がところ狭しと並ぶ敷地は、大学というより研究施設の印象を受けます。文部科学省のスーパーグローバル大学事業のトップ型指定校だそう。

 創立地は台東区蔵前ですが、1923年関東大震災で焼失後当地に移転し、下の本館が震災復興シンボルとされます。
 右の西1号館(旧・分析化学教室)は、有毒ガスが発生する実験施設のため別棟にされたそう。
 戦後間もない時期に建てられた70周年記念講堂の建設費は、すべて卒業生らの寄付でまかなわれたそうで、そこには、敗戦からの復興に必要な技術者育成への祈りが込められていたように。

 大岡山の名は地名に由来するらしいが、同名の山は存在しないらしい。


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