2019/05/20

八重洲は後回し?

2019.5.3【東京都】──地下鉄 東西線を歩く_24

 東京駅の駅舎は、江戸期から繁華街のあった八重洲側ではなく、皇居と向かい合う丸の内側に建設され、その後しばらくの間は改札もありませんでした。



 日本銀行脇にある常磐橋(ときわばし:都内に現存するもっとも古い石橋)は、東日本大震災の被害を受け現在も修復中(2013年〜17年完了予定も19年10月に延伸)のため、まだ姿を見られません(地盤が悪かったのか?)。付近に道路橋の常盤橋が架けられ、歩行者専用の旧橋の漢字は「常磐橋」とされます(読みは同じ)。

 隣接地(線路東側にも大手町がある)では、大手町二丁目常盤橋地区再開発事業の地上61階、高さ390m(日本一)ビルの工事中ですが(メインビルの工事はまだ先)、日本最初の超高層ビルとされた霞が関ビル(地上36階、高さ147m)の倍の高さなのにインパクトを感じないのは、自慢できても魅力ではなくなったためかと。上は、大丸から丸の内方面。


 東京駅は、丸の内口に皇居へと続く行幸道路が整備され、反対側に雑然とした八重洲繁華街があることで、トータル的にバランスが保たれる印象がありましたが、丸の内側再開発に目処が立った時分に八重洲側のヤンマービルが消えた光景を目にすると、「後回しにされただけ?」と、優先度の格差を感じたりします。
 上の八重洲口グランルーフの地には、以前大丸が入る旧鉄道会館ビル(東京駅八重洲口駅ビル←リンク先写真が懐かしい!)があり、東京駅のシンボル的な印象がありました。
 下は、ヤンマー東京支社ビル跡地に期間限定(2019年4〜10月)でオープンしたTHE FARM TOKYO で、空が少し広くなった八重洲を楽しむ場所のように。


 明治時代の地図(中央の八重洲橋が八重洲中央口前交差点付近)から、外堀を挟んだ丸の内側の旧大名屋敷の広い区画と、八重洲側の庶民が暮らす狭い区画の格差から、再開発の困難さが見て取れます。
 八重洲側の駅周辺だけが先行して再開発されたのは、丸の内駅舎+駅前広場リニューアルに合わせて、背景の古い建物の「汚れ消す」ためとも。八重洲側の再開発計画はいくつもあるようなので、見納めは早めの方がいいかも知れません。

 同地図で旧常磐橋が外堀内の堤(人工物)に架けられる様子から、やはり地盤がよくなかったように。

 付近や有楽町周辺では、各地方から直送される地の物を扱う居酒屋を多く見かけますが、焼き魚の匂いに誘われ九州 五島列島の店に。
 九州の醤油には個性的なものが多く、「あご(トビウオ)だし醤油」を口にした瞬間、五島の方には申し訳ないが屋久島の空気感がよみがえりました(以前は毎日鯖ばかりでしたが、もう捕れないらしい)。近所ではおいしい魚を食べられず、久しぶりにズドンと主張する魚の風味を口にし、初体験の島が浮かんだように。
 右はからくさホテルの外壁(チェーンホテル)ですが、唐草模様って昭和を最後に遺産となったように。

 以前の八重洲町は丸ビル南側の地域でしたが、1954年町名変更で丸の内を追われ(東京駅は丸の内)、外堀通り沿いの細長い地域とされます。東西の幅は狭いため、歩くうちに日本橋に入ってしまうので混同してそうです。

 八重洲地下街は1958年開業から拡張されてきましたが、とても分かりやすい印象があります(出口も大体の見当がつく)。また地下街の下に地下駐車場があるため、駅前や八重洲通りの分離帯に換気塔が並びます。
 八重洲では前述の旧鉄道会館ビルと、下の換気塔が昭和のイメージとして残りますが、ここは八重洲ではありません。


 八重洲口の東京駅高速バスターミナルからは、各地に向けてひっきりなしにバスが出て行きますが、そこに並ぶ人たちも途切れないのはさすが東京駅(再開発で新ターミナルができるそう)。
 と思ったが、ここ以上に新宿高速バスターミナル(バスタ新宿)は大変な混雑で、待合所に人が入りきれないとのこと。いまどきは外国人旅行者も安価な交通手段として利用するため盛況なようですが、運転手争奪戦のしわ寄せが弱小会社に集中してしまうと、事故はなくならないように……

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