2016/08/22

ダイダラボッチの足跡──代田

2016.8.6【東京都】──「目黒川を歩く_7」 北沢川_4

 今回は、世田谷区 代田の地名由来とされる「ダイダラボッチの足跡:谷地」付近を水源とする、下北沢西支流(ダイダラボッチの川:現在は暗きょ)を歩きます。
 ダイダラボッチは日本各地に伝わる巨人伝説で、映画『もののけ姫』のデイダラボッチは別名の一つ。国造り神話以前の自然崇拝(古代原始宗教)が起源とされ、各地の山や湖は巨人が作り、その足跡は水が涸れない肥沃な窪地になる、などと伝わります。




代田橋


 駅名の由来とされる玉川上水の旧代田橋は、ダイダラボッチが架けたと伝わるも(って、江戸時代にも存在した?)、上は巨人への捧げものではなく、駅前の居酒屋に置かれた古い防火水槽を利用した金魚水槽と、配達された食材。
 地味な下町っぽさが残る駅前も、京王線の高架化事業(笹塚〜仙川間)に加え、駅前に広がる和田堀給水所の老朽施設解体と、井ノ頭通りの直線化工事が進行中で、完了後はこぎれいになり記憶もたどれない町になってしまいそうです。
 各停だけの停車でも新宿に近く交通の便に文句は無いが、甲州街道×環状七号×井ノ頭通りのトライアングルを想像するだけで、のどがイガイガしてくる……


 玉川上水沿いに上の表札&門の跡が残されます。
 以前は、東大のお膝元にあった本郷館(賄い付きの高等下宿 ←不思議な字面)のように、富裕な家の学生も暮らしたため、高級感を強調しようと「御」をつけたのか?

 右は玉川上水沿いの環七横断地下道で、上水に架けられた古い橋がオブジェのように残されます。環七地下のむき出しの埋設管は頭を下げてくぐる必要があり、排水設備が無いため大雨時に水没する昭和遺産でも、利用者は多く住民には欠かせない地下道のようです。


大原

 右は住所表記の道しるべで、上に彫られるのは「バク」に見えますが、ひょっとしてダイダラボッチ?
 父の実家に暮らす伯母から聞いた「昔は都心方面が見渡せた」景色は、標高図の武蔵野台地が、ここから東側は浸食され低くなる様子から想像できます。
 台地は先端に向かうにつれ地表が浸食されるため、高台でも水脈の浅い地下水が湧き出し、地名のような広い湿地が生まれたのではないか?(以前の実家の井戸水はおいしかったし、現在も上水にはキレイな湧水があるそう)
 ダイダラボッチの川は、付近の豊富な湧水が生み出した大原(多くの水をたたえた)を水源としたため、「足跡」のような深い谷を刻んだように見えました。


井の頭線踏切


 上は井の頭線 新代田〜下北沢間の盛り土した踏切(流路は右の線路下に確認できる)。明大前〜東松原間は前回の羽根木支流(玉川上水の分流)沿いを下り、東松原〜新代田間は丘陵地を開削し、新代田〜下北沢間ではこの谷に盛り土した上を通過します。
 井の頭線の車窓風景は起伏変化がいそがしいため全体像をつかめなかったが、谷間の踏切に立ち両側の駅を見上げた際、ジェットコースターのような起伏が続く沿線は、車窓からではなく歩いて確認すべき、と納得しました。


旧小田急線踏切付近


 上は以前、小田急線下り列車が下北沢駅を出て最初に通過する踏切付近で、谷の盛り土に通された踏切って車は通りにくそうと、車窓から眺めていました。線路はクレーン位置だったので、車窓とは逆の方向ながらも小田急線利用者なら分かるのでは? 
 地下化工事自体は、トンネルに線路を通し、地上線路の撤去で済みますが、地形を変えてしまった盛り土を元に戻すわけにもいきません。下流側は盛り土に沿って町が整備されたので、その斜面に建てた家の前を削ると崖になってしまいそうです。何事でも下流(しも)側は日陰の存在にされてしまう……


 戦時中、井の頭線は小田急に組み込まれたため、井の頭線 新代田駅〜小田急線 世田谷代田駅間に代田連絡線が敷設され、連絡線は今回歩いた支流付近を通されたらしいも、廃線後は住宅地となり痕跡は残らないとのこと。──両線の軌間(線路間隔)は1067mmで乗り入れ可でも、京王線は1372mmで不可。
 連絡線の盛り土を減らすため、下北沢側の傾斜地を経由するルートを選定したとすれば、小田急線に対して鋭角的に接する1枚上の道路&踏切は、ポイント前の線路の角度に見え、思わず「ガッテン!」です。
 上は下北沢で、夕方は「英会話教室 OPEN」の看板を出す飲食店。


追記──「歴史を塗り替えた」でなく「未来を変えた」としたい、五輪選手団の躍動!

 夢(目標)に向かい努力を続ければかなえることができると、体現してくれた選手たちに、元気づけられた方も多かったことと。
 これまでは「男子400mリレー決勝のセンターレーンで、ボルトと競いたい」などと口にしても一笑に付されたが、これからは「東京五輪で金メダルを目指します!」に「頑張れ!」と応援したくなるのですから、東京五輪を目指す若者たちの「未来予想図:夢(目標)」を塗り替えたと言えます。
 おかげで、若者だけでなくオヤジたちも、2020年まで頑張れるパワーを与えてもらいました(その先は……)。
 選手団に「ありがとう!」の拍手を送りたい。

0 件のコメント: