2019/04/01

水辺利用の変遷──深川沖(越中島)

2019.3.16【東京都】──地下鉄 東西線を歩く_19

 江戸時代は海辺の行楽地でしたが、黒船来航から軍事目的で利用されるようになります。現在は人工的な環境ですが、いまの江戸っ子は活用法を探っているように……


大横川

 江戸時代の永代通りは海沿いの道で、門前仲町付近では後に海岸沿いに整備された大横川(運河)と並ぶ様子が見られ、海沿いに軒を連ねた料亭はにぎわったようです。
 当初の江戸前とは、隅田川や深川付近で捕れるウナギを称したそうで、富岡・不動詣で帰りに江戸前のウナギという趣向は、当時のテッパンだったと。
 現在付近の料亭は一軒となりますが、河川敷地を利用した川床(かわゆか)が整備され、飲食スペース「かわてらす」として営業が始まりました(清洲橋付近のテラスも同じ枠組みらしい)。
 右は付近の石島橋で、親柱に松ぼっくりが描かれ(花火の絵かと)脇に松が植えられているのは、旧海岸線をアピールするためか。

 江戸期の深川沖には砂州が広がりましたが(現 越中島)、周辺の水路開削の際に土砂捨て場とされ陸地となります。その後、江戸のごみ捨て場が永代島から越中島周辺に移され埋立てが加速します。

 江戸で牡丹が流行した時分に牡丹栽培が盛んだったことから、川沿いに牡丹町の名が残されます。
 右の蔵(町内神輿蔵かと)に江戸文字で町名が記されるように、深川八幡祭りでは町名がアイデンティティとなります。以前神輿蔵は各町内にあるものでしたが、都心では土地の確保が難しいため、神社境内に長屋のような蔵を見かけることが多くなりました。
 現在、古石場川親水公園に牡丹園が整備されている。

 右は住宅に囲まれた黒船稲荷神社で、浅草で火災に遭いこの地に移転しますが、現在も浅草に同名の神社があるのは、元の地で再建されたように。宝を積んだ黒船に白狐が乗っていたとの言い伝えも、両神社に残ります。
 黒船には、ペリー艦隊に限らず欧米諸国から来航した船の総称的な意味合いもあり、上は黒い宝船が海の彼方から富と幸運を運んできた説話のようです。

 「四谷怪談」の作者 鶴屋南北(4代目。3代目までは役者らしい)は、神社の敷地内にあった家で亡くなったそう。当時は木々に囲まれる様から「すずめの森」と呼ばれ、創作活動にはもってこいの環境だったようです。


調練橋

 黒船来航後、越中島付近は海防訓練を行う越中島調練場(銃隊調練場、水泳道場)とされ、そこに架けられた橋は名称だけを残して撤去され、右のカメラ背後の水路も埋め立てられました。
 佐久間象山の砲術塾(勝海舟・吉田松蔭・橋本左内らが学んだ)が永代に、長州藩大砲鋳造場が洲崎(東陽町)付近にあったのは、付近に桟橋があったためか。

 明治期に越中島練兵場とされた時分の練兵衛橋が、大島川水門付近に残ります。観兵式に訪れた明治天皇の御前で初めて国歌が演奏されたらしいが、現在の君が代とは異なる君が代だった、についてはリンク先参照。
 その後は当然、軍の施設とされることに……



 本校は、大久保利通の命を受けた岩崎弥太郎が、1875年(明治8年)に設立した三菱商船学校が母体で、海運に軸足を置く弥太郎にも意義のある事業だったように。
 右の明治丸(構内で保存展示)は、明治天皇の北海道・東北地方巡幸に使用され、帰港日(7月20日)が海の記念日(現在の海の日)のルーツらしい(当時、天皇の地方訪問は軍の視察が目的でした)。
 1925年(大正14年)から東京高等商船学校(海軍学校)となり、学生は海軍予備生徒とされ、有事の軍務従事が定められます。

 下の相生橋は佃島(月島)との間に架かる橋で、途中の中之島は燈明設置のために埋め立てられた人工島ではないかと(現在も灯台がある)。


 右は大横川の黒船橋乗船場にあるカヌーの艇庫。
 周辺の運河は、スカイツリー付近の北十間川までつながっており、途中の扇橋閘門も通過できるらしい(水上バイクは通行禁止)。船を持たないので利用機会はないが、カヌーくらいなら持てるかも?(運ぶのが大変そう)
 大きな船が行き来する隅田川は危険そうですが、付近の運河ならのんびり楽しめそう。

 桜の季節には、和船に乗った新内流し(2人1組で三味線を弾き合わせながら川面を流す)や嫁入り船が登場するそうで、これはぜひとも見学せねば!


追記──連続テレビ小説「まんぷく」終了

 現在では当たり前でも存在しなかった時分に、「お湯を注げばできるラーメン」(チキンラーメン)や「容器に入ったヌードル≠ラーメン」(カップヌードル)を作ると説明してもイメージできないのは当然で、食文化革命前の人々の感覚を想像することは新鮮でしたし、初体験のインパクトを思い出させてもらいました。
 食品の開発は夫婦の二人三脚が可能でも、旺盛なチャレンジ精神と、道のりを楽しめる夫婦ゆえたどり着けたとする物語には、朝ドラにふさわしい爽快感がありました。
 注目を集めた母親(武士の娘:松坂慶子)は、子供に対する愛情は常に持っていても、自己中心的な願望をストレートに表現するわがままな存在かと見ていましたが、自分の母にもそんな面があると思い当たってからは、誇張はあっても一般的な母親像ってこんな感じかも? と納得させられました。
 夫婦役の安藤 サクラ、長谷川 博己は、回を重ねるごとに楽しそうに演じるようで、そんな空気感もとても楽しめました。「万引き家族」に続き彼女ならではの演技を見せてくれた安藤 サクラの今後を楽しみに。

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