2020/03/16

下町が保持する機能──町屋

2020.2.29【東京都】

 特に何があるわけでもない町を歩きたくなるのは、味わいたい空気感に引かれるためらしく、好感度ではなく「遠い記憶』を追う感覚かもしれません……


 右の日暮里舎人(とねり)ライナー(日暮里駅〜見沼代親水公園駅)は、運転席のない新交通システムなので、スキあらば先頭座席に! が実現した絵です。いくつになってもと思うが、やはり楽しい!
 案内軌条(中央の白い設備)沿いをゴムタイヤで走行するため勾配に強く(抵抗が大きいためエネルギー消費も多い)、急な加減速が可能な様子はモノレールに近いか。
 ラッシュ時の混雑は田園都市線以上でも赤字が減らないのは、車両を増やしても利用者増加により、再増備が必要になるためだそう。見積りが甘くなったのは、利用者数が右肩上がりの路線が少なくなったせいとも……

 右は、隅田川のカミソリ堤防とされる薄っぺらい旧堤防の遺構で、現在も多くの場所に設置されています。付近はスーパー堤防化のモデル地区らしく、隅田川とは思えないなだらかな堤防が、落ち着ける憩いの場になりました。
 以前の周辺は人気のない場所のため、農耕・荷役馬の馬捨場とされたそうで、供養の馬頭観音が祀られます。

 隅田川に架かる尾久橋近くに、米軍による最初の本土空襲地の案内板があります。1941年12月の開戦から5ヶ月後の42年4月に空襲を受けますが、言論統制により口外を禁じられたそうで、口を封じれば広まらない時代でした……


 上は、尾久(おぐ)の原公園JR尾久駅はおくの読み)の枝垂れ桜で、もうじき花の季節になりますが、今年は桜の下で輪になって花見はできるのだろうか? 宴会の自粛要請は「上野公園のような騒ぎ(濃厚接触)はやめて!」の意味と理解しますが……
 一帯は、以前のADEKA(旧 旭電化工業)工場跡地の再開発により、当公園、首都大学東京荒川キャンパス東尾久運動場東尾久浄化センター(下水処理施設)とされますが、工場の町だった名残が旭電化通りの名称に残されます。


 上は、灯油等の小売りをする店の看板で、ガキ時分に目にした際は「関係ない」とスルーしていましたが、改めて目にするとスゴイ看板です。現在も営業継続しているのは、車の通れない狭い路地に暮らすお年寄りなど、小口ながらも必要とする方が多いためではないかと。
 新しい町では「危険物」と排除されそうですが、以前は必要性から当たり前と考えられていました。


 町屋(荒川区)は、京成線、地下鉄千代田線、都電荒川線の駅がある便利な場所ですから、再開発による右写真奥のシンボル的な高層マンション(2棟)建設は、地域行政としてマストな事業だったようです。
 駅周辺には火災延焼の危険性が高い地域が多いため、再開発計画はあるようですが、時間がかかりそうと。
 迷いながら歩くのが楽しい付近は、巨人の星の舞台とされたそうです(ついでに広島 鈴木誠也 選手の出身地)。

 上は、日本で唯一のぬりえ美術館で、蔦谷喜一の「きいちのぬりえ」がメインの展示らしいが、関心は「懐かしい絵柄」どまりです……


追記──有事に馬脚を露わした拝金体質

 どの国も、新型コロナウイルス(武漢ウイルスの方がわかりやすい)のような感染症対策を想定していないため、対応に浮き足立ってしまい、ボロボロほころびが出ています。
 WHO(世界保健機関)は、基本的人権「人間の健康」を目的とした国連の専門機関ながら、国連分担金第2位の中国への配慮が疑問視され、日本からの寄付を受け取った途端に賛辞を表明するなど、一般人には理解できない態度を恥じる様子もありません。健康ではなく権威を守るための機関としたら、事態収拾後には当然見直しを迫られることと。
 わが国では、イベント自粛のトドメとなる高校野球の中止により、全世代に危機感が伝わったと思うので、もうしばらく辛抱すれば緩やかに乗り切れるだろうと、希望的な私見を……

2020/03/09

都電にゆられる時の流れ──王子

2020.2.23【東京都】

 明治時代に、石神井川・隅田川沿いの低地に旧王子製紙、印刷局が設立され、周辺には高台の軍施設を支える軍需工場が次々と立ち並び、一帯は工場地域となったそうです。



 王子は北区区役所がある地域の中心都市で、駅至近に「産業と文化の拠点」とされる北とぴあ(ホール、会議・研修施設 等)のビルがあります。
 1階ロビーに置かれたコンパクトなパイプオルガン(上)では、これから演奏会が開かれるらしく、教会等の本格的な音色を聴く機会は限られるので、身近で接することができるいい提案と。
 スカッと晴れた日なので、17階展望ロビーの人は途切れませんが(下)、客層は子供連れと年配者が多く、若者がデートで来ないのは仕方ないかと……


 国立印刷局王子工場に併設のお札と切手の博物館には、2024年度発行の新紙幣 1万円札 渋沢栄一、5千円札 津田梅子、千円札 北里柴三郎の見本が展示されます(撮影禁止!)。渋沢栄一とゆかりの深い地域なので(飛鳥山に邸宅があった)、ポスター・のぼり 等が並び「渋沢栄一祭り」のような様相です。生誕地の埼玉県深谷市では、青淵(せいえん:彼の号)まつりが行われるらしいも、申し訳ありませんが深谷ねぎの甘さを想起しました……


 都電荒川線(東京さくらトラム)王子駅前停留場は、遅延等の運行間隔調整のため、複数車両が停車可能な長いホームになっていますが、ちゃんと乗客を待ってくれるようです。ホーム手前に改札があり駅のイメージに近いも、ホームからの出口は開けっ放しだったりするルーズさが下町らしいと。

 右は、東京書籍(教科書出版)が運営する、教科書図書館の東書文庫。国語の教科書に印刷された社名が印象に残りますし、英語のNEW HORIZONも同社だったんですね。以前道を挟んだ地にあった、同社のかまぼこ屋根の印刷工場はホームセンターとなりました。

 空襲で焼け残った東書文庫、現役の古い鉄塔(右側)や、荒川車庫に並ぶ歴代の車両(下)を目にすると、それぞれが過ごしてきた時間経過は違っても、車窓から見えた気がする町の歴史は、錯覚ではなかったと思えます。
 都電には踏切が多いこともあり、線路沿いの道を走る車ものんびりモードで、都電にゆられる時の流れが、沿線地域の生活リズムのベースとなっているように。

 子供向けのレトロな印象のあらかわ遊園は、現在リニューアル工事中のため(2021年夏頃まで)、都電の絵が多くなってしまいました(調べておかないと)……


 そうそう、国旗が掲げられるように、この日は令和最初の天皇誕生日でした。一般参賀は中止となりましたが、彼なら腐らないと思えるのも、幼少期からメディア露出が多いため、信頼感や親近感を持つためではないかと。
 ですが、そんな期待を背負うことは大変な重圧なのだろうと……


追記──世界はひとつという認識の必要性

 国外からの流入者を遮断しても時すでに遅しで、全世界に新型肺炎の感染が広まりつつあります。国民の安全確保は各国の責務ですが、ウイルス対策においては保護主義は役に立ちませんし、つながりを都合よくコントロールしようとする施策は、現実的でないことが明白になりました。
 トイレットペーパーの争奪戦が各国で起こることを、背景の違いを含めて分析すれば、世界のつながりなしに庶民生活が立ち行かないことが鮮明になるのではないか。
 それにしても、納豆が売り切れる事態には驚きました(パート従業員の欠勤で生産力が低下した?)。長時間自宅にいる子供たちが納豆好きなら我慢できますが……

2020/03/02

要衝に築かれた軍都の記憶──十条台

2020.2.1【東京都】

 前回までの西が丘、赤羽、十条から王子に至る高台は、軍施設(戦後は米軍基地)に占有された地域で、そんな一帯をたどりたいと思っていました。



 上の埼京線沿いに続く飾り気のない壁は、旧陸軍 東京砲兵工廠銃砲製造所を囲う壁で、米軍接収後もそのまま利用した施設も多いため、米軍基地の壁の記憶に重なります。
 日露戦争中(1905年:明治38年)に、小銃弾薬の増産を図るため後楽園周辺から移転した施設で、後述の施設を含めた敷地の西側境界にあたります。
 下は内側の様子で、レンガ塀にモルタルを塗り頑強さを誇示し、冷たい印象(近寄るべからず)を演出したのではないかと。ガキ時分に近所の米軍施設の壁にボールを投げた際の鈍い音から、「頑丈ではなさそう」の印象を思い出しました……


 施設のルーツは幕末期の加賀藩下屋敷にさかのぼるそうで、石神井川の水を利用して大砲を製造した施設が明治期以降も引き継がれ、板橋火薬製造所〜軍工場へと至ります。
 日露戦争当時は、周辺に火工廠稲付射場、東京陸軍兵器補給廠 等があり、軍用鉄道も敷かれますが、戦後すべて米軍に接収され、TOD(Tokyo Ordnance Depot:東京兵器補給廠)とされます(兵器補給廠、戦車練習場、赤羽ハイツ(米軍住宅)、極東陸軍地図局・第29工兵大隊、米軍板橋射場 等々)。
 想像するだけでゾッとしますが、壁を見かけても「ふ〜ん」と反応する世代に対して、戦争を知らないわれわれの世代にも、伝えるべき経験があると実感しました……


 旧軍用地とされたのは、埼京線 北赤羽駅〜京浜東北線 上中里駅付近に及ぶ広大な地域で、現在周辺で広い敷地を持つ、都営桐ヶ丘アパート赤羽自然観察公園NTC(ナショナルトレーニングセンター)東洋大学総合スポーツセンター帝京大学病院東京家政大学 等は、返還後に作られた施設になります。
 上は、北区中央公園(米軍接収時は王子キャンプ(野戦病院))から見える、隣接の陸上自衛隊 十条駐屯地の通信施設。


 年配の方は「軍都」と呼ぶほど関連施設が多い地域は、隅田川の流れと武蔵野台地の崖に守られる場所柄ゆえ、古くから上中里に平塚城、赤羽に稲付城が築かれる要衝とされました。はるか昔に、坂上田村麻呂(平安時代の征夷大将軍)が陣を張った、との言い伝えも残ります。

 上・右は中央公園文化センター(旧東京第一陸軍造兵廠本部)で、1971年返還後はサークル・グループの学習・文化活動の場とされます。威厳を感じる外観ですが、内部は公民館のようなわかりやすさを目指す掲示物のせいか、フレンドリーな印象に。


 王子神社は、石神井川が武蔵野台地を深く侵食し、隅田川に流れ込む高台のキワに位置するため、シンボリックな存在感があります(JR線は崖下の低地を通る)。
 鎌倉時代に熊野新宮 浜王子を勧請し、旧称 王子権現としたことが地名由来とされ、例大祭はお守りの御槍から「槍祭」と呼ばれます(上の神輿は2017年に新調)。十条銀座商店街周辺も王子神社の氏子だそう。


追記──2020年2月29日(土) 歩きやすい東京駅

 学校の休校、イベントの自粛要請を受けた週末、東京駅の利用者は普段と比べかなり少ないため(キャリーケースを引く姿が少ない)、「これくらいだと歩きやすい」と感じます。人出頼みの店舗は厳しそうですが、地域封鎖の予防策と考えるべきとも(封鎖されたら売上はゼロです)。
 街中には、東日本大震災時分のような「見えない敵を警戒する」緊張感が漂いますが、今回は一人ひとりにできることがありますから、実行しつつ静かに改善の推移を見守るしかないかと……

2020/02/24

昭和の商店街を思い出す──十条

2020.1.25【東京都】

 車窓から見かけた雰囲気がいい感じで、歩いてみたいと思っていましたが、ようやく足を踏み入れました。



 上は、旧中山道沿い(板橋本町)にある縁切榎の絵馬(悪縁を切り、良縁を結んでくれる)で、本棚のように行儀よく並んだ背表紙(?)にも文字が見られます。この日も10分程度の間に4人が訪れる人気ぶりです。

 右は2009年竣工の帝京大学病院で、1階には小さな商店街(コンビニ、カフェ、レストラン 等)がありますが、確かに大きな病院+大学には必要かと。
 かつて付近に加賀藩の広大な下屋敷があったことから、加賀・金沢の名前が多く残る地域で、子どもを撮りたかったこども動物園は、改修のため休園中でした。

 十条駅前に広がる十条銀座商店街は、いく筋もの通りに伸びるアーケードに200軒もの店舗が軒を並べます。とても活気ある商店街なので人出も多く、歩くだけでも楽しくなりますが、おしゃべりも楽しいらしく「道の真ん中で盛り上がらないで!」の光景に、昭和期の元気だった商店街を思い出します。
 つながっている横丁の飲み屋街を含め、全体で「十条銀座」の看板を守っているように見え、小さな店舗が肩を寄せ合う商店街では、団結力によって活気が生まれる様子がよく分かります。

 以前の赤羽線(現在も池袋〜赤羽駅間の正式名称)は埼京線とされますが、1885年(明治18年)開業の赤羽駅〜品川駅間の品川線が、山手線西側の起源となります。右の十条駅や板橋駅にローカルな印象が残るのは、メインルート(山手線)から切り離されたためかと。記憶にある赤羽線は黄色い車体で、ラッシュ時に大混雑する映像を見た覚えがあります(現在の埼京線と変わらない…)。
 大きな通りはないが高架計画があるらしく、周辺には計画反対ののぼりが見られます(JRは土地の有効活用を狙うのか?)。ホーム脇に踏切のある光景(柵がないのでよじ登れそう)も見なくなったと、郷愁に浸るばかりでは町は発展しないし、いずれ住民の要望が高まることに……


 上は、十条駅から京浜東北線 東十条駅に向かう演芸場通りにある篠原演芸場。通り名とされる施設は、大衆演劇専門の芝居小屋としては都内でもっとも古く(1951年)、梅沢富美男、早乙女太一も出演するため、初心者でも入りやすいらしい。月替りの芝居+歌謡・舞踊ショー(3〜4時間)が1,700円とのこと。
 なぜこの町に大衆演劇が根付いたのかと驚きますが、将来(現在)も庶民の町であり続けるとの予見は見事に的中しました。暇つぶしに小遣い程度で観られる庶民の娯楽ですが、熱烈な追っかけもいるんですよね……

 十条の名称由来は古代の条里制(土地区画制度)によるもので、東十条駅東側の低地に耕地が広がり、集落は高台を通る旧鎌倉街道(日光御成道)沿いに発展しました。
 京浜東北線 上野〜赤羽間は武蔵野台地の縁沿いを通るため、東十条駅から高台方面に帰る方は、急な坂道を登ることになります。
 その途中に、いっぷくできる(?)飲み屋が並び、その中にポツンとオーヴェルニュ料理(フランス)専門店があります。立地にこだわらないのは、「田舎料理」とされる飾らないスタイルのためか?


追記──息苦しさを覚える電車内の空気

 混雑する電車は慣れていても、近頃の電車を降りた瞬間の「フゥー」という開放感には、これまでとは違う安堵感を覚えます(周囲もそう見えます)。厳粛さにも似た緊張感漂う通勤列車を利用するだけで、体調を崩しそうです。
 せめて普段の痛勤列車に早く戻すためにも、みんなで感染拡大防止に努めねばと……(手洗いの回数は普段の倍以上に増えました…)

2020/02/17

災害リスクへの関心──赤羽

2020.1.11【東京都】

 「ここにいてはダメです」と警告する江戸川区水害ハザードマップ(2019年5月発行)を目にしていたので、昨秋の台風の際には籠城を覚悟し風呂に水を溜めていました……



 前回はフォルクローレ奏者、今回は噴水の上に陣取る少年に目が止まるように、主張や個性を表現したがる町の印象を受けましたが、別の時間に少女がここに登る姿を目にし、一番目立つ待ち合わせ場所として認識されているのかもしれないとも。
 地元の情報では水の出ない噴水らしく、「水が出なければ、ただの噴だ!」とか……


 一番街シルクロード(リンク先Youtube)はネーミング通り遺産のような外観ですが、昼から行列のできる立ち飲みおでん屋はにぎわっています。
 バラックから始まったような飲食店街がいく筋も交差する地区は、小学校に隣接する環境にありますが、しぶとく(の表現がふさわしい)生き残っているように感じます。駅近接地のため飲食店の排除は難しいかと。
 上は同アーケードで店を物色する姿。

 鎌倉時代には鎌倉街道中道(なかつみち)が通され、荒川には川口の渡し(岩淵〜川口)があり、江戸時代には日光御成道(おなりみち)とされました。一般的に渡し付近の寺院は、旅人等の無縁仏を供養するため、と目にしたことがあります(岩淵町には寺院が多い:右)。
 岩淵宿の鎮守とされる八雲神社周辺に、キュウリを食べない慣習があるのは、本社の京都八坂神社の神紋がキュウリの切り口に似ているため、祇園祭の間はキュウリを食べない、流れによるとも。
 荒川の流れは付近でも蛇行したため、川口とされる飛び地があったそう(都・県境も東京側に入り込む)。
 下は神社近くの蔵。


 戸田公園を含めこの地域に足を運ぼうと考えたのは、昨秋の台風による爪痕を確認するためで、隅田川への流れを制御する岩淵水門周辺の状況(リンク先は流域の地点ごとの様子がわかる)が気になっていました。
 荒川の土手には、かなりの高さまで水位が上がった痕跡(草や枝 等)が残り、水辺の遊歩道テラスはガタガタで通行止ですが、それだけで済んでよかったとも。
 荒川の氾濫危険水位は7.7mで今回は7.17mに及び(1947年カスリーン台風8.6m、58年狩野川台風7.48mに次ぐ高さ)、隅田川の堤防は6.9mですから、水門を閉じなければ氾濫する状況でした。
 右の奥は川口市のマンション。
 下の旧岩淵水門(赤水門)の開閉部分はほぼ水没した。


 これまでの生活では、水害への関心は皆無でしたが、現居住地の立地から関心を持たざるを得ない状況となりました。ですが、以前暮らした武蔵小杉でも被害が出たように(リンク先Youtube)、それぞれの地域が抱えるリスクについて平時のうちに理解し、対応策を準備しておく必要があります……

2020/02/10

TOKYO 2020の「虎の穴」──西が丘

2020.1.4【東京都】

 イベント的なものがいくつかあり間隔が空きましたが、今回は戸田公園の続きで北区を歩いたものです。



 完成は2008年1月で、同年8月の北京五輪に間に合わせたつもりらしいが、それでは遅すぎでしょ……
 JOC(日本オリンピック委員会)が運用する、加盟団体所属選手の強化に利用される施設で、屋内トレーニングセンター、屋根付き陸上トラック、宿泊施設等があり、レスリング、卓球、フェンシング、競泳・飛込、ライフル射撃のトップ選手を招集し鍛える「虎の穴」です。
 中でも、JOCエリートアカデミー(有望な小・中学生を発掘し、ここを拠点に通学・トレーニングする)の設立が大きく貢献していそうです(卓球の張本選手 等)。
 右は、近くの関係ないマンション(失礼)……


 NTC拡充棟(上)はパラアスリートも利用可能な、障害者スポーツを意識した施設で、五輪・パラ共用の水泳や卓球 等の専用練習場、「車いすで床が傷む」と断られない球技コート 等があります。取り組みは素晴らしいが開催1年前の完成では、これも遅すぎでしょ…… 将来はパラアスリートの聖地になることを楽しみに。
 本施設も「味の素NTC・イースト」のネーミングライツ契約が結ばれ、本体の「味の素ナショナルトレーニングセンター」、西が丘サッカー場の「味の素フィールド西が丘」を含め、一帯は「味の素の丘」とされました。


 隣接する国立スポーツ科学センター(上)は、競技者の心身の状態を評価・診断〜競技力向上のサポート、国際競技力向上を目指す研究、スポーツ外傷・心理カウンセリング・栄養相談 等を担う施設とされ、ここが虎の穴の中枢機関になります。
 戸田漕艇場にある戸田艇庫も本組織の管理下。


 JR赤羽駅と十条駅を結ぶ道を「ROUTE2020 トレセン通り」(中間にNTCがある)とした北区は、「トップアスリートのまち」として、隣接する稲付西山公園アスリート手形モニュメントを設置します。
 北区にゆかりのある選手の手形が並び、卓球の張本選手もありましたが、ここは、ケガからの復活を祈っている体操の内村航平選手の手形(上)を選びました(北区との関係は不明)。

 右は西が丘サッカー場の掘り下げ式ベンチ。本会場で行われる全国高校サッカー選手権の日程は終わったばかり(以前はサッカー場がポツンとある印象でした)。

 一連の施設にどれだけ税金が注ぎ込まれたか不明ですが、五輪主催国の国民意識に「期待できそう」との気運を生むためには、必要な事業と感じます。今後も若手の育成支援(希望を育てる)は継続すべきテーマと。

 赤羽自然観察公園では、園内の湧水を活用して以前の環境が復元・整備され(右)、北区ふるさと農家体験館には古民家が移築されています(下)。
 戦前の一帯は、東京兵器補給廠(TOD:Tokyo Ordnance Depot)とされる軍用地でしたが(戦後米軍に接収)、その件については改めて……



追記──身近で感じる新型肺炎の影響

 近頃ドラッグストアの前では、特売ではなくマスクを求める行列を目にします。
 発生・感染源とされる地域から特別機で帰国後に即入院の状況は、十分な治療を受けられない兵士を戦場から連れ帰るような印象を受けます。船から出られない方々の不自由は察するも、受け皿があるだけマシで、入港拒否された船はどこへ行けばいいのか?
 ──状況は違うも、映画「さすらいの航海」(第2次世界大戦前、ドイツから亡命するユダヤ人の船が各国から受け入れを拒否され大西洋上をさまよった)を想起します。
 診察した医師の「健常者の重症化は少ない」、患者の「インフルエンザの方がきつかった」等の話は一部の見解としても、今後知見が増えればリスクは軽減できることを周知し、冷静さが早期に戻るよう祈るところです……

2020/01/20

工夫が必要かも──江東区成人式

2020.1.13【東京都】

 今年の成人の日は、隣接する江東区成人式会場へ。


江東区成人式(ティアラこうとう)

 江東区成人式の会場とされるティアラこうとう(江東公会堂)(1994年旧江東公会堂を改築)は、区立のコンサートホールで、オーケストラ公演、バレエ、演劇などに使用され、テレビ朝日「題名のない音楽会」の収録も行われるそう。
 目の前の新大橋通り地下を都営地下鉄新宿線が通るため、防振対策として厚さ約1m、深さ約35mの地中壁を設置し、防振ゴムで絶縁しているとのこと。
 愛称は一般公募によるもので、ティアラの響きは良くても公会堂とは結びつかないようにも……(確かに建物正面は曲線ですが)

 会場は猿江恩賜公園(以前は、江戸幕府〜明治政府貯木場)に立地するので、いい場所柄と思っていましたが、公園を散策する新成人はほとんどおらず、会場前の狭い敷地に滞留し続けます。久しぶりの再会で話が弾むと動けなくなりますし、その場で顔を寄せ合いスマホで記念撮影が主流ですから、背景を意識する年代の古さを思い知らされます……
 キンキラした着物や帯が多い背景には、景気のよさを実感できない状況ゆえ、次世代に明るい時代を築いてほしい、との期待が込められているでは。選ぶのは本人でも、出資者である両親・祖父母等の思いを無視できないところに、家族への感謝が示されるようにも……


 会場付近で暴れる姿は目にしなかったが、裏手には割れた酒瓶がありました(式典後に酒を飲みたい、気持ちもわからないではないが)。
 大騒ぎする輩がいた江戸川区、小さく発散する江東区と、都心に近づくにつれ行儀がよくなる傾向ですが、神奈川県の中心である横浜の会場では爆竹騒ぎがあったそう(中華街も爆竹でにぎやかだったのか?)。
 大人の扉を開いたばかりの新米ですから、若者の関心を引く催しでリードできれば、社会人意識の芽生えを後押しできそうとは思うが、そこまで甘やかす必要があるのか? とも。


水上アスレチック(横十間川親水公園)

 ティアラこうとう脇の横十間川と、荒川ロックゲート方面に続く小名木川の交差点には、小名木川クローバー橋が架けられています。
 右は、付近の水上アスレチックにある水辺を渡るGOGOロープですが、足下に張られた保護ネットは半分水に浸かっています(暑い季節には水遊びしていそう)。
 子どもたちの「やりたい!」と思う動機は、「おもしろそう!」に支配されるので、落ちたら寒いなど考えずチャレンジしていきます。失敗から「怖さ」を学ぶとすれば、どんどん失敗すべきと思うも、ケガしないように……


扇橋閘門(こうもん)

 地盤沈下により西の隅田川より東の荒川の方が低いため、東西の川を結ぶ水路では水位差を調節して船を通航させる必要があります(通航無料)。大きな船や混雑時の安全のため、有効幅員11m、有効延長110mの大きな施設となっています。
 寒い季節は船の往来は少ないが、水路沿いに桜並木が整備される場所が多いため、花の季節には多くの船が行き交います(右は小型の遊覧船)。船から見上げる花の光景は圧巻でしょうし、そんな季節を心待ちにして、寒い季節を乗り切らねばと(暖冬とされますが、寒さに弱くなるとこれでも十分寒いと)。


東京都現代美術館(都立木場公園 内)

 東京2020公式アートポスターが展示される美術館(1月7日~2月16日)に立ち寄りました。
 オリンピックのポスターといえば、1964年東京オリンピックポスターの強烈な印象が残るので期待したものの、イメージとはまるで違う作品群が並んでいます。
 主催者側は宣伝対象を広く設定するため、前回のシンボリックな「アイコン」ではなく、多様性を表現する20点の作品を並べますが、オリンピッックを想起できないものばかり…… 多様(バラバラ)な主張を並べてしまうと、まとまれなくなるのでは?(「ONE TEAM」の流れに逆行するようにも)
 右は、もっともナメていると感じた作品。


追記──チバニアン(ラテン語の「千葉時代」)正式決定!

 これは地質学上の時代名で、約77万4000年前~12万9000年前の地層研究にもっとも優れた「国際標準模式地」として、千葉の地層が認定されたことになります。日本では初めてのこと。
 日本列島には様々な時代の地層が分布しますが、火山からの噴出物に広く覆われるため確認できる場所が限られています。そんな環境ながらも「比較的新しい地層なら可能性があるかもしれない」と、大学の授業で耳にするも「ふ〜ん。でも無理そう」と聞き流していたような気がします。
 これが、千葉県市原市、地質学への関心を高めるきっかけになればと……