2012/11/12

アニメキャラコスプレの聖地?──青海(あおみ)

2012.10.27【東京都】──「ベイエリアウォーク⑥」
 《ゆりかもめを歩く③ 青海》


より大きな地図で ベイエリアウォーク を表示

 「ゆりかもめを歩く」としながらも、この日はレインボーブリッジを利用する第二の公共交通「お台場レインボーバス」で向かいます。
 路線は品川と田町ルートがあり、レインボーブリッジを渡り、お台場のメインストリートを走り、二つのホテルを巡回し戻ってきます。

 都営バスはゆりかもめとの競合から橋を渡る路線を設定しないため、km自動車(タクシー会社グループ)が運行し、1時間に1本と不便でも料金の安さは魅力です。
 ゆりかもめ、りんかい線は、巨額の建設費回収のためか運賃はとても高く、距離は短くても300円以上の設定ですが、このバスは200円でたどり着けます。
 一般道の利用と、すき間サービス(品川・田町からお台場は近いのに直行のアクセス手段がない)が好評で、浜松町路線の計画もあるらしい。
 利用後の印象も良く、これまでのお台場は「お出かけ気分」でしたが、気軽に「ちょいとお台場へ」と、敷居が下がった気がします(車内アナウンスはフジテレビアナウンサーが交代で担当)。

 右はお台場の柱が斜めに立つ陸橋で、目にしながらも「テレポートブリッジ」の名は初めて知りました(その柱を垂直に撮ってみたけれど……)。
 ゆりかもめ「お台場海浜公園駅」〜首都高を渡り〜りんかい線「東京テレポート駅」〜パレットタウン手前まで、一般的な陸橋と斜張橋部分が連続して続きます。

※訂正──2012.11.19
 都営バス「虹01:浜松町〜国際展示場」路線は、レインボーブリッジを利用します。


パレットタウン(Map)


 若者向け娯楽施設・ショッピングモールとされるパレットタウンには用事がないため(一度だけトイレを借りる用事が……)、今回初めて内部まで足を踏み入れました。
 ショッピングモールを、テーマパークのように統一的なデザインで提供する先がけ的スポットで、現在も人気は高いようです(1999年オープン)。
 その影響により、各地に中世風のショッピングモールが増えたんでしょうね(大崎ゲートシティ、晴海トリトン、東京競馬場 等々)。

 ここには「ヴィーナスフォート:アウトレットモール」「Zepp Tokyo:ライブスペース」「MEGAWEB:トヨタ自動車ショールーム」「パレットタウン大観覧車(上)」などがあるも、どこもわたしには関係無いなぁ〜。
 ネーミングで驚いたのが「東京レジャーランド:ボーリング場 等」で、その字面からは「サマーランド」ではなく、昭和の雰囲気漂う大宴会場で演歌歌手の歌謡ショーが開かれるラドン温泉のような絵が思い浮かびました……(金沢の会社による運営)

 ゴンドラの中にひとつだけ(右上あたり)金属質なものがあります。足元が見えますなど、悪趣味的サービスという気がします(子どもはよろこぶにしても)。


 ハロウィン直前だったため、施設の広場で仮装した連中が踊っていたりしますが、その集団とは性格を異にする仮装をした若者たちの姿がとても目につきます。
 ヘソ出しルック=『うる星やつら』のラムちゃん、としか思い浮かばないオヤジでも、バスケットボールを抱えていれば『スラムダンク』くらい分かります(古くない?)。

 メイクもバッチリキメて、登場人物の気分に浸って写真を撮り合う連中が、そこら中からわいてきます。アニメキャラコスプレは結構「きてる」らしく、「コスプレ博」なるイベントが毎週各地で開かれるそうです。
 中でもお台場(東京レジャーランド、テレコムセンター)、有明(TFT:東京ファッションタウン、東京ビックサイト)での開催が多いらしく、聖地となりつつあるようです(スペースが広いのでさまざまな絵が撮れます)。
 多くがレフ板(光を反射させ表情を明るくするための幕)持参には驚きました……

 みんなカワイイのですが(不気味なのもいる)、逃避したくなる現実がまん延しているのではないか、と不安を感じさせる「現実の絵」に見えました(上は全員女子と思う)。

 下写真(ザ・タワーズダイバ:マンション)もデーモン小暮の仮装のようで、飾らないと(目立たないと)売れない時代のシンボルのようにも見えます。



 右は現在の江東区有明と同区青海を結ぶ「夢の大橋:歩行者・自転車専用橋で、ロケによく利用される」です。
 かなり前ですが初めて歩いた際に、両岸に「人工的すぎる無機質な親和性(?)」を感じたせいか、どちらも「お台場」のイメージを持っていました。
 自治体側の「東京臨海副都心(国際展示場のある有明を含む)」⊃(含まれる記号)「お台場」という認識を覆すほど、お台場の知名度が高まったせいかも知れません。

 現在のお台場(13号埋立地)は品川区、港区、江東区に区分されますが、その国盗り合戦の根拠は「台場」にありました。
 1854年、2度目のペリー来航前に突貫工事で作られた砲台は「品川台場」と呼ばれ、その後に作られた台場も現在の品川区、港区周辺と深いかかわりがありました。
 江東区は隣接地ゆえ、さまざまな協力の報酬として当然広大な土地を手に入れますが、そんな歴史を背景にした交渉の結果、品川区、港区は狭いながらも領地獲得に成功します。

 現在は、フジテレビ、ホテル、アクアシティなど、おいしいとこ取りした港区の勝ちに見えるも、品川区はこの地に名を刻めたこと、江東区は広大な新しい土地を手にできたという、三区の利益一致から現在のにぎわいが生まれます(本当の発展はこれから!)。
 江東区にとっては、有明と新造成地を結ぶこの橋は「夢」だったのだろうと……


 東京湾岸埋め立ての歴史についての資料を見つけました。
 現在の最前線「中央防波堤埋立処分場」がなぜ、東京都最後の埋め立て地とされるのか、羽田空港の新滑走路はなぜ多摩川河口に作られたのかが、一目で分かるマップがあります(PDFで重いけれど1ページ目なので是非見て!)。
 その資料では、どの構造物もその沖の海底は急深の地形になっています。
 利用しやすい浅瀬をここまで使い果たした東京都はすごいと思うも、これからどうすのだろうか?(頑張って深い海底を埋め立て地にすれば、まだまだいけるって?)

 上写真はテレコムセンター展望台(有料の割には…の施設)から、手前の東京港フェリーターミナル(有明)越しにゲートブリッジを望む。
 東京港の定義はさまざまあれど、これで半分歩いた印象の絵になります。

2012/11/05

防災拠点とは……──有明〜国際展示場正門

2012.10.6・20【東京都】──「ベイエリアウォーク ⑤」
《ゆりかもめを歩く② 有明〜国際展示場正門》


より大きな地図で ベイエリアウォーク を表示


ゆりかもめ:有明〜国際展示場正門(Map)


 有明駅の隣接地に「有明の丘基幹的広域防災拠点施設(内閣府の管理)」があります。
 大規模災害発生時には司令センターとなるようで、上写真奧の壁面にディスプレーが並でいるも、どこかの本店のように「何とかならんのかね〜!」と地団駄を踏むだけという気もします。

 この施設には、災害で閉じこめられた際、生存の可能性の目安とされる「72時間をどう生き残るか!?」を体験できるプログラムがあります。
 家族で訪れる方が多く、親子で体験するすることはとても大切なことですし、自治体職員のような団体がバスで見学に訪れる施設です。
 まずは、災害現場の状況を理解し、発生が予測される困難への心構えとすべきですが、万全の備えは無理と考え、覚悟の準備が必要という現実的な提言のようです。


 広大な敷地の東京臨海広域防災公園には、オスプレイ以前の大型ヘリコプター7機分の駐機場があり、そこまでが国営公園とされます(上はヘリポート)。
 そこに接する都立公園には、さまざまな支援活動で使用可能な緑地や広場が広がり、敷地外でも隣接の「がん研究会有明病院:先日妹がお世話になった」は災害拠点病院とされ、写真奧の国際展示場は、避難所および物資の集積・配送拠点となりそうです。

 そんな視点でこの地域を見ていなかったので、「確かに機能的」と感心しますが、お偉方がヘリコプターで逃げ込む非難所(避難所ではない)、とされませんように……


 駐車場に全国各地のナンバーをつけた消防車が並ぶ様子に「何事?」と思うも、翌日開催の「全国消防操法大会」に集結し、前日練習が行われています。
 「消防団」の大会なので、皆さん別に仕事を持つ方々のボランティア活動になります。
 ボランティアといえ、大震災では任務により亡くなられた方も多くいます。 
 震災後初めての大会で「全国47都道府県揃い踏み!」のうたい文句には、全国消防団の心意気が込められていると感じます。
 この大会で評価されるのは技術かも知れませんが、そこで表現されるのはそれぞれの郷土愛に違いなく、真剣な姿勢にはさまざまな思い込められることでしょう。
 何といってもおじさんたち(兄ちゃんもいます)がキビキビ動く姿には、「男らしさここにあり!」のカッコ良さがあります(オヤジたちを褒めてあげてよ!)。


 以前、パソコンメーカーとお付き合いがあった時分には(主にアップルさん)、国際展示場(上)にもよく足を運びましたが、いまどきはパソコンからネット端末へと関心はシフトしています。
  パソコン普及期に、それを利用した新しいサービス提供に携わる側(デザイン・出版関連)にはものすごい負荷がありましたが、いまや「指先」でできる時代となりました。
 手軽さは目指すところで、敷居が低くなったおかげで仕事での利用にも抵抗感は少ないようですが、技術的に「何でできないのか」を説明しても、理解しようとしない人が増えたように感じます。


 上は国際展示場裏にある「ゆりかもめ:東京臨海新交通臨海線」の車両基地です。
 訪問時は土曜日の夕方という運行ピークの時間帯ではないのに、車両は数えるほどしかありませんから、あまり車両に余裕は無いのかも知れません。
 全車両無人運転ですから、何か起きた際には「職員の機転」による回避もなく、「運転休止」とされそうで、あまり通勤には使いたくない路線です。

 レインボーブリッジ上で止められたら非常口はあるの? と調べると、震災の際に橋上で緊急停止した車両から芝浦側のループを歩かされる様子を映す動画を見つけました。
 封鎖できないはず(?)のレインボーブリッジで、その事態に対応可能な者はいいですが、あんな通路は歩けないという人々は車内で待ち続けるしかないのでしょう。
 お金って、万が一のために使うものと思いますが、ちょっと難しいのかも……


 これは有明スポーツセンター何だか突然口が開いて「ビックリ ドッキリ メカ!」が出てきそうですが、上部のマカロンのような部分のまん中にあるガラス窓部分は一周できる回廊になっていて、内側は体育館とされこの日は卓球をしています。
  でもその下は何? と調べると、東京都の下水処理施設で、その計画の上に江東区が乗っかったようです。
  技術の進歩でしょう、従来のような屋外の処理プールは不要のようで、隣接の「有明テニスの森」コート地下にも施設があります。 
 上写真左隣には有明清掃工場(1995年完成)があり、埋め立て地というステージで、土地の有効活用+エコな取り組みをアピールするつもりだったようですが、ここにも「想定外」の事態が及ぶことになります……


 埋め立て地にチャペルの鐘が響きます。
 付近に2002年「アニヴェルセル 東京ベイ:結婚式場」、2008年「東京ベイコート倶楽部 ホテル&スパリゾート:上」を誘致します。
 高速道路を隔てるも清掃工場とは隣接しながらGO!を出すには、自治体側の「安全・安心!」の強い説得があったのでしょう。
 しかし2011年の原発事故以降、関東地方の清掃工場には意図的ではないにせよ「放射線を帯びた廃棄物」が集積します。
 寝耳に水の近隣住民たちは放射線量計測を求め、市民レベルでも計測を始めます。
 実際には大きな数値は計測されないにしても、客商売への影響は大きい気がします。
 それゆえ、騒ぐ人の声は大きくても、自治体側の表現は控えめなのかも知れません……


東京港フェリーターミナル(Map)

 20代の時分、オフロードバイクで北海道ツーリングに向かう際、この地からフェリーに乗った記憶があります。
 現在では、東京湾内の速度制限による4時間程度のロスを避けるため、茨城県大洗港から運行されます。
 夜行便なので、当時は明かりも少ない埋め立て地に「こんなところにあるのか?」の不安感を思い出します。
 斜めに架かる橋の記憶があるので、この場所と思いますが、橋を渡った最初の交差点に小さな「奄美・沖縄航路→」の看板を目にし、そちらに誘われます。
 待合所ターミナル的な建物は見当たらず、コンテナ等の荷置き場にしか見えません。
 調べると、運賃25,000円で43時間程度かかるようですから、車両運搬の必要向けの航路のようです。小笠原航路より長いし、食堂も期待できなさそう……

 埠頭周辺の道路はどこも大型車両通行のため広く作られていますが、ターミナル周辺では車両通行よりもシャーシー(大型トレーラーの貨物部分)の仮置き場が求められるようで、道路に仮の柵を設け月極シャーシー駐車場とされます(右)。これごと盗まれることはないのだろうか?

 1997年に建て替えられた東京港フェリーターミナルは現在、徳島〜新門司港航路だけの利用となっています。
 首都圏周辺の高速道路網が整備され、東京湾内通過での4時間程度の時間ロスがサービスのマイナス要素とされるようになったのか、使用料が高いのか、東京港の性格はオールマイティから変わりつつあるようです。


 国際展示場からの帰路選択には水上バス(上は船上より、手前は晴海客船ターミナル)があるため、いっときのリフレッシュに選ぶ事が多かった気がします。
 10月の季節感にそぐわない雲を目にすると、暖気の強い環境になっていることを再認識されられます。

 船が着く日の出桟橋から自宅まで歩いても、20分ちょっとであることにベイエリアの身近さを体で感じます……


追記──山中先生の文化勲章

 iPS細胞研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授が、文化勲章を受けられました。
 この早い授与決定には大賛成です。同じ場で授与された山田洋次さん方には失礼ですが、山中先生にはさっさとご褒美をあげて、とっとと研究に戻ってもらいたい、という気持ちがあります。
 詳しく分からない人間にも、夢を与えてくれるインパクトがとてもうれしいのです!

2012/10/28

工場跡地再開発の困難さ──豊洲〜有明


2012.9.29【東京都】──「ベイエリアウォーク ④」
《ゆりかもめを歩く① 豊洲〜有明》

 東京に戻り、以前の続きを歩こうと豊洲に向かいます。
 やはりベイエリアでは空の広さを実感できます。そんな印象は、ビルに囲まれる場所で仕事・生活する人々が覚える開放感と思っていました。
 ですが旅行の経験から、山に囲まれた飛驒地方の人が濃尾平野で実感する「空の広さ」と違わないのではないか? とも感じられます。
 景色に限らず展望が開けることは、環境を問わず安心感を与えてくれます。

 今回から「ゆりかもめ」沿いを歩こうと思います。
 駅間の距離が短いため、あれこれ寄り道できそうです。


より大きな地図で ベイエリアウォーク を表示


ゆりかもめ:豊洲駅〜新豊洲駅(Map)

 「ゆりかもめ」は1995年新橋〜有明間で開業し、2006年有明〜豊洲間が延伸され、将来勝どき(地下鉄大江戸線駅)まで延伸計画があります。
 今回初めて有明〜豊洲間の延伸区間を乗車し、ガラ〜ンとした地区を歩いて戻ります。

 豊洲とされる埋め立て地の海に突き出した区画には、以前東京ガスの工場施設があり、右はその記念碑のような「がすてなーに ガスの科学館」の屋上を見上げた絵。
 と、とぼけたことを言うこの時点では、問題点が整理されておらず、歩いてみて大変な状況を理解します。

 関東大震災(1923年)のガレキなどで埋め立てられたこの地は工業地とされ、石川島播磨重工業:IHI(現在のアーバンドック地区)や、東京ガスの都市ガス製造工場(現在地盤改良中)が使用します。
 IHI使用の土地に問題はないも、東京ガス使用の土壌からは、環境基準を大幅に上回るヒ素、シアン、ベンゼンなどの汚染物質が検出されます。
 普及当初のガスは石炭から製造されており、さまざまな化学処理のため人体に有害な薬剤が使用されました。
 しかし当時は、環境に配慮する意識など無いまま(もちろん後に、市場が移転してくると考えてないため)、たれ流していたことになります。
 祖先に配慮する必要のない、「平将門の怨念も関係ない?」埋め立て地ゆえの暴挙に思えます。


 新豊洲駅に隣接し、首都高速大橋ジャンクションを想起させる円形のビルは、東京電力「テプコ豊洲ビル(通称ビッグドラム:洗濯槽のようにも見える)」で、地図には「新豊洲変電所」とあります(以前は工場へ電力供給のため火力発電所があった)。

 東京電力の説明では、都心の電力は東京圏外9箇所の50万ボルト変電所から、27万5千ボルト送電系統で送られていたが、都心部で直接50万ボルトを受け入れるために、世界初の地下式変電所として建設された(平成12年完成)、と胸を張ります。
  高電圧の送電線を地中に埋めたことも自慢なのか、津波などで浸水したら全部パアッ! という事態も、ここではちゃんと「想定」してるんですよね?

 地上部にあるデータセンター(インターネット上のデータ管理)の説明でも、「必要な電源の確保は万全」に終始します。
 確かにデータセンターの電源確保は命綱ですが、現在の世間は「地下施設が水没しても大丈夫ですか?」の説明が聞きたいことを、理解できていないようです。
 いや、ひょっとすると、説明できない理由があるのか? そんな実態であれば、電気料金値上げは断固反対したくなります。


 上記施設と駅の反対側には「WILDMAGIC(ワイルドマジック):2012年オープンのオートキャンプ場、バーベキュー施設」があります。
 特にワイルドではないも、ベイエリアにある珍しさや、アクセスのよさからでしょう、ネット予約サイトを見ると、週末は数週間先まで一杯の盛況ぶりです。
 都心の屋外で夜まで騒げる場所は少ないので、星は数えるほどしか見えずとも夜景を眺めて眠るところが人気なのでしょう。

 ですが、隣接地には「築地市場移転問題」の元凶である汚染された土壌が広がります。
 仮に有毒物質は飛散しにくいとしても、その近くで弁当を広げようとは思いません。
 その地との近さを「ワイルドだろ〜!?」とされたら、即刻退散です……  


ゆりかもめ:新豊洲駅〜市場前駅(Map)


 この駅は、市場移転の当初予定が2012年だったため、2006年最寄りの「市場前駅」として開業します(2010年、1日平均の乗降客数は24人。乗降しなかったので貢献できず)。
  ゴタゴタは現在も進行中? の認識なので経緯を調べると、2009年都議会選挙で移転反対派の民主党が都議会第一党となり予算は差し止められるも、2012年には復活し2018年の完成を目指しています(単なる先送りは、選挙のご機嫌取りに使われたか?)。
  現場の看板には「汚染が確認された深さまで土を入れ替える」とありますが、 かなり広い地域なので、とても大がかりな事業になっています(当時の様子)。

 ですが築地も、日本橋魚河岸が関東大震災で焼失し移転してくる以前には、築地海軍技術研究所があり化学兵器が研究されたとの記述や、水爆に被爆した第五福龍丸の入荷物(当時「原爆マグロ」と大騒ぎ)が場内に埋められたとの記述を目にします。
 今どきの放射線測定マニアでも見つけられないようなので、うわさだったのかも知れませんが、「口に入る」食品を扱う市場なのできちんとしなければ、東京都民全滅の事態を想像できる怖さがあります……


ゆりかもめ:新豊洲駅〜有明テニスの森駅(Map)


 パシャパシャと一人シンクロしているのではなく、「イヤ〜ン、ボードが言うこと聞いてくれな〜い!」と身もだえる様子です。次第に見学者が増えるも、「好きでやってるんじゃないの〜」とクネクネ、眺めるヒマなオヤジたちはニヤニヤ……
 豊洲と有明の埋め立て地間の運河に架かる橋の下で、水上スキーの練習をしています。
 水上バス以外の船は少なく、波も無いので初心者向けの練習場なのでしょう。
 ですが、埋め立て地周辺の水質を不安に感じないのかしら?

 ようやく姿勢が整いボートがスタートしても、立ち上がれたかの瞬間にあえなく転倒なので、この写真になってしまいます。
 ボートの波を利用した宙返りなどはカッコイイですから、有明の人魚誕生を楽しみに!


ゆりかもめ:有明テニスの森駅〜有明駅(Map)


 訪問日の有明コロシアムでは「東レ パン・パシフィック・テニス」が開かれていて、周辺には出店や仮店舗が並び、まるでお祭りのようです。
 メインスタジアムでは巨大な天井が開閉するんですねぇ、驚きました。

 上写真の、ウインブルドンで言う「センターコート」で決勝戦が行われるさなか、周囲のコートでは親善試合(?)が行われていて、ひょこっとのぞけたりできます。
 日本の「UCHIYAMA」選手の試合を観ましたが、実際のサーブスピードの印象はテレビ以上で、レシーブ以前に「よく見えるものだ」と感心しきりです(ボールが痛そう…)。
 各所でオープンな国際試合が行われる様子に、なるほど「テニスの森」を納得し、いい時に歩けてとても楽しい経験でした。

 翌週の「楽天オープン」では、有明コロシアムで錦織圭選手が優勝します。
 その時の歓声を聞いてみたかった気がします……


追記──NHKドラマ「つるかめ助産院~南の島から~」

 久しぶりの「沖縄  離島の物語」を楽しみましたが、ごぶさたの平良とみさん(「ちゅらさん」のおばあ役)の姿には、この人に代わる役者はいない「年輪」をじっくり堪能させていただきました。
  またお目にできる日を楽しみにしています!

2012/09/23

Port of TOKYO──豊洲、晴海

2012.9.15【東京都】──「ベイエリアウォーク ③」

 初めて歩く町なのでそれが特徴的に見えたらしい、といい訳しつつもセンスの悪さでしょう、この日は金属質の対象ばかり撮ってしまったと反省です……


より大きな地図で ベイエリアウォーク を表示

豊洲(Map)


 ここは関東大震災(1923年:大正12年)の瓦礫処理に埋め立て地とされた地域で、1937年に豊洲とされます。
 1943年隣接の佃(月島)で創業の石川島造船所(現IHI)が、この地に大規模な造船所を建設します。
 業務内容に軍艦等も含まれるため、隔離された埋め立て地は都合良かったのでしょう。
 2002年東京都の都市整備事業で前面の運河に橋が架けられることとなり、工場閉鎖に追い込まれます。

 都は「交通至便なベイエリアから大きな工場は出てってくれ、跡地は居住空間として町を再構築をしたい」と決断します。

 1枚目は現在「アーバンドック」とされる、旧造船用ドックを縮小利用し、水上バスの乗船場とされる様子。
 跳ね橋とクレーンは、ライトアップで雰囲気を出すための飾りです。
 以前クレーンを見かけた横浜は現役のため近寄れませんが、右は下から見上げた光景。

 2枚目は、日の出桟橋でも見かけたステンレス製カーゴが遊覧船のチケット売場とされる様子。
 塩害に強く目立つので、港付近で使いたい気持ちはよく分かります。

 これは江東区豊洲と中央区晴海を結んでいた、東京都港湾局専用線(晴海線:廃線)の晴海橋梁です。
 地図を見ると東側の塩浜地区に、当時接続されたであろう越中島貨物駅(JR貨物の定期貨物列車は1997年に廃止)がありました。
 現役当時の豊洲には石炭埠頭があり、物流の基幹を担っていたようです。

 廃線となった1989年以降も撤去されないのは、将来的に人道橋や公園として活用のためとされますが、計画は止まったまま老朽化だけが進んでいます。


晴海アイランドトリトンスクエア(Map)


 旧公団晴海団地(晴海高層アパート)地区の再開発で、オフィスビル+複合商業施設+住居が建設されました。
 以前『海のトリトン』というアニメがありましたが、トリトンとはギリシア神話の神で、海神ポセイドンの息子にあたり、上半身=人間、下半身=魚の尾という、人魚のような造形だそうです。

 上写真の青いタイルが敷きつめられた池(そこに架かる朱色の橋)や、右のリズムに合わせて水滴が吹き出す噴水などが、海をイメージさせる表現のようです(彼女は地面から飛び出た水滴をペットボトルでキャッチしている)。

 右の構造物は遠くからも気になり、「渡り廊下?」では地震で落ちそうな施設に見えます。
 これは連結制振ブリッジ(地震の揺れを低減する制振装置)で、昨年の大震災時の動画がありました。
 あの程度の設備でビルを支えられるのか疑問ですし、連結方向と90度の横方向にそれぞれ逆の動きをされたらちぎれそうに見えます。

 今だから言える、撮影者に「もっとちゃんと撮れよ!」ですが、ビルのきしみ音のすごさや、大きくゆったりとしたビル特有の揺れに冷静さを失うのは当然だろうなぁ……
 このような市民からの映像分析を、現状の課題克服〜改善につなげてほしい、と思ったりしました。


晴海客船ターミナル(Map)


 晴海客船ターミナルは1991年にオープンしますが、93年開通予定のレインボーブリッジによる高さ制限のため、クイーンエリザベスなど巨大客船が寄港できないことを念頭に建設された、お飾り的な客船ターミナルになります。
 売りも南極観測船「しらせ」の出・帰港程度しかなく、入港予定表を見ても9月は1隻だけの無駄な施設で、閑散とする中でおっさんが昼寝して涼んでいたりします。


 ですがメインラウンジからの「前面に東京港が広がり、その上にレインボーブリッジが架かる絵」には、こんな景色が見られる施設を作りたかった意図が明確に伝わり、施設の英語表記「Port of TOKYO」をスーッと納得させる光景として存在します。
 夜景はキレイだろうと調べれば、横浜に負けず「夜景に酔っちゃった…」という光景のようです……
 そう考えると、港湾地区内での施設建設のために、客船ターミナルを装った? と思ったりします(以前付近には「東京(晴海)国際見本市会場」があり、東京モーターショーなどでにぎわいました)。

 都心にはとても近いのですが、交通手段は車しか無い上、銀座周辺の渋滞を抜けねばなりません。


 ここは、映像メディアの撮影によく利用されるようで、東京都としても近ごろ地方で盛んな「地域フィルムコミッション:いいロケ場所紹介しまっせ!」の売りが欲しかったのかも知れませんが、確かにここは受けると思います。
 この周辺と、前回の葛西臨海公園を組み合わせれば(安いドラマなら)雰囲気できちゃいそうです……

 季節変わりの「大気の不安定な状態」にビビリながらも、おかげで背景に表情豊かな雲が写ってくれました。
 ウオーターフロント開発のトレンドの印象は、いくら高層マンションを建てても、海では泳げませんから「海の子」は無理ですが、海側の空の広さには開放感があるので、都心でも子どもたちを、少しはおおらかに育てられるような気がしました……


 お彼岸過ぎに月遅れの夏休みが取れたので、少しリフレッシュしてきます。
 次回のアップは週後半になるかと思います。


追記──妹の件

 検査の結果、今後長引くものではないとされ、ホッとしているところです。
 ご心配をお掛けしました……

2012/09/17

空がひろっ──葛西臨海公園

2012.9.8【東京都】──「ベイエリアウォーク ②」


より大きな地図で ベイエリアウォーク を表示


葛西臨海公園(Map)


 ここはJR線駅前広場にある噴水で、細かいミストが立ちこめる中にうごめく陰が見えます。中心部に座り込み、両手を頭上で組み瞑想か修行をしているように見え、「レインボーマン」でもいるのか? と目を凝らします。
 少年がひとりで遊んでいるのですが、はしゃぐような行動ではなく「儀式」でも行うようなゆったりとした動作で、ミストの中を動き回ります。
 思い起こせばガキ時分に、勝手な思い込みの結界を周囲に想定し、その内側(自分の領域)で何かやっていた記憶がよみがえります。
 あれが「自我の目覚め」だったのか? と、彼を見て思ったりします……

 これは東京都葛西臨海水族園のガラス張りのドーム天井です。天上まで空が見えますが、その分暑いのは当然です。

 近ごろのオフィスビルはガラス張りの建物がはやりで、売り文句は「ガラスの遮光・断熱効果を格段に高めたため、自然光を取り入れられる」でも、窓際は見た目の通り暑くなります。
 結局ブラインドを下げても内側なので、室内の断熱にはなりません。
 四季で日差しの高さが大きく変化するこの国に以前からあるビルには、必ずひさしがあり有効に機能していました。

 「エコ、エコ!」と騒ぐ割に「自然志向は高コスト」の認識があるのは、目標とのギャップが大きいわけで、まだまだ大きなビジネスチャンスがあることを意味します。
 「原子力発電所ゼロを目指す」方針に雇用を失うと反発する自治体は、早々に次世代エネルギー施設の雇用開発に目を向けねば、乗り遅れてしまいます。
 それは、市民が望んでいることです……


 今回も「泳ぐマグロ撮影」に挑みますが、暗さと動きの速さでNGでした。
 以前お伝えしたように、当初ここの売りだった「マグロの回遊水槽」は仕切られたままですが、群れの中にいる巨大マグロの姿に目が止まります。
 大きくなったマグロをここに入れても適応は難しそうなので、この環境で成長したと思われます。
 そのノウハウを、是非マグロ養殖の現場で生かして! と夢が広がります。
 ここのマグロはおいしそうに見えないので、味の追求という+αの研究も期待しています!

 上はジャイアントケルプ(コンブの森)で暮らすさかなたち。


 子どもたちはサメやエイに触れようと乗り出しています。
 小ぶりなので恐怖も感じないのでしょうが、「映画『ジョーズ』を見せたろか!?」などから、経験を重ねていくのでしょう。

 わたしは青春期までサメ肌とされるザラザラな肌で、仕方なくも多少のコンプレックスを覚えていました。
 初めてサメに触れたとき、あの硬い皮に例えるなんて「冗談だろ」と感じたものの、いま考えると「悪意」が込められた「いじめ」や「差別」を助長する表現にも思えます。
 いつのころからか、そんなことも忘れ(忙しくて気にしてられなかったのか)気付いてみれば、吉瀬美智子並みのスベスベ肌に!(自分ではうれしいもので、スミマセン……)


 海を隔て隣接するディズニーランドへの対抗なのか、ガラスドーム前のミストパフォーマンスですが、霧の後に誰も登場しないのは仕方ありません……

 近ごろ「ミストで涼しさを」のサービスを目にしますが、台所の水あか対策を考えると管理が大変そうに思うのですが、何か特別な技とかあるのだろうか? ちょっと、調べてみたくなりました……


 毎年のことで分かっているはずなのに、毎年必ず初見時に声を上げてしまう「うわぁ〜、もうコスモスの季節!?」の驚きの声を上げた絵です。
 季節は着実に移りかわっていますから、暑さにうんざりしているのは人間だけかも知れません。でも、もうひと息です……

 これは日本一の高さを誇る「ダイヤと花の大観覧車:命名はネオンが表現する形」の乗降場所近くからの絵ですが、何だか「イセエビ」か「サンダーバード4号」のように見えます。

 水族園はにぎわっていましたが、こちらは人もまばらです。
 日差しの強い季節のゴンドラは「天空の温室」でしょうから、汗を流すにはいいかもしれません。
 でもそれは昭和世代の発想で、今どきはエアコン完備だったりして? 乗ったことありませんが、だったらいいかも……

 恐竜に例えられるゲートブリッジですが、遠くからは「リボン」のようで可愛らしくも。

 先日人口減少試算を目にし、人が減ればゴミも減り、ゴミ処分場拡張のペースも右肩下がりになるのかと考えました。
 現在の認識では「ゴミが減る=良いこと」で、今後は「人口が減る=ゴミが減る」が加算され、減量分が評価されます。
 ゴミ埋め立て地『夢の島』のネーミングを現状の認識をひっくり返して考えると、ゴミの増加=人口の増加+生活が豊かになった→「夢のような社会」からの命名とも受け取れます。
 当時の「夢」は単純明快で「社会の歯車を回すこと」が求められましたが、現代では回っている歯車からのシフトチェンジを支障なく行えるかなど、以前とは比較にならないほどハードルが上がりました。
 団塊の世代は「けん引してきた」つもりでも、「次世代へのツケの先送り」とも受け止められ、社会活動での責任の取り方の難しさを感じたりします。

 公園の沖合いはヨット訓練水域とされることもあり、展望が開ける光景に驚きます(「海ほたる」の先まで見通せる)。
 海に面しているので陸地側の建物が気にならないことからも、都内でも「空がひろっ!」と感じられる開放感が魅力の公園です。


 公園の3分の1程度は鳥類園ゾーンとされ、野鳥観察ができる広いスペースがあります(上は観察用の窓)。
 今どきは、コンパクトなデジカメに望遠鏡を付ければ野鳥を撮れるようで、三脚にそんな機材を据えて野鳥を狙う様子に驚きました。
 あれなら荷物も軽そうです。

 わたしのカメラも6年ですからボチボチ考え時ですが、軽さが欲しいのでミラーレス(ファインダー無し)になりそうですが、太陽光が強い場所で液晶画面が見えない場合はどうするのか? の不安はあります。


 日が短くなったと思えば、もう秋の彼岸です(写真は5時半頃)。
 暑さももう終わりなので、遊び足りない人が夏をあきらめられず裸になっていたのかも知れません……


追記──原子力発電所ゼロを目指す方針

 原子力発電所「稼働ゼロ」の夏を、全国の人々の節電により危機を乗り越えた日本人には、「オレたちにはできる!」のポテンシャルがあると感じます。
 昨年の東北・関東限定でなく、全国に及んだ節電の意識は「生活は変えられる!」実感を植え付けた事でしょう(わたしも電気代が安くなり大喜び)。

 そんな国民意識の圧力が「原発ゼロを目指す」を引き出したのでしょう。
 これは大変重要な事で、これはきっと「現代のエネルギー革命」の開幕になりますし、その原動力となったのはこの時代に生きる日本人である、と胸を張れる時が遠からず訪れる!
 と、大きな希望を抱いています。


追記への追記──9月19日

 2030年代に原発稼働ゼロを目指すとした「革新的エネルギー・環境戦略」の閣議決定が見送られ、「バンザ〜イ! 無しよ」に……
 何やってるんだろうと思いますが、自民党がダメで、民主党もダメな理由は、政党・官庁と産業界の癒着を断ち切れないところにありそうです。
 該当企業の従業員とすれば生活がかかるので理解できるとしても、自分たちの生活のために国民の声を切り捨てさせる権利はあるのだろうか?
 これには「裏があります」の証明ですから、出番ではない場面で登場せざるをえなかったフィクサー(黒幕)の嘲笑を、国民の力で沈黙させてやりましょう!

2012/09/10

京都の香りを求めて──江戸東京博物館

2012.9.2【東京都】

 東京周辺は訪問日の週末、近ごろよく耳にする「大気の状態が不安定」のため大荒れの空模様でした。
 さすがにベイエリアウォークはあきらめ、「まだ夏休みの宿題?」の子供にまじり両国の江戸東京博物館を見学です(結局傘は差しませんでした)。


より大きな地図で 山手線を歩く を表示

両国駅(Map)

 以前と変わらぬホームの姿に鎌倉駅のホームを想起し、装飾は少ないも歴史が感じられる駅舎を撮ってみたら、こんな絵に……
 光の加減と思いますが、何かCGのようで「現実の光景?」と疑いたくなる、しらじらしい色合いと組み合わせの絵になりました。
 手前から、両国駅、両国国技館、NTTドコモ墨田ビル、東京スカイツリー。
 わたしたちはまだスカイツリーの存在を実感していない面があり、「ここからも見えるんだぁ」の印象は、東京タワー誕生時の意識に近いのかも知れません(ここは近所です)。

 TVで力士の姿を目にする機会が増えたので、「今日初日?」と思ったら来週だそうです。
 幟の絵を撮りたかったと思うのは、八百長事件以降ダイジェスト版でも取り組みをちゃんと見るようになり、勝った力士の勝因を理解できるようになった、と感じるからでしょう。見るべきところが分かってきた気がします。


江戸東京博物館(Map)


 本日の目的は、どこぞやの駅で広告を見かけた「二条城展」の見学です。
 重要文化財レベルの撮影はNGなので、建物の絵を借りて感想を。

 京都二条城は、関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康が上洛時の宿所として築城(1603年)したもので、洛内に天守を築き天皇を招きました。
 それはまた、1603年征夷大将軍の命を受けた家康が、都に御所への行列を行う館を持たない「田舎侍」という評判を、払しょくするための急ごしらえとも言えます。
 第3代将軍家光まで慣例(御所への行列)を踏襲するもその後は途絶え、第15代将軍慶喜の大政奉還まで二条城は歴史の舞台に登場しません。

 内容については転記もおこがましいので、展示の見どころを参照下さい。


 上リンク先の「二の丸御殿 平面図」にある、鴬張りの廊下(キュッキュッと鶯の鳴き声のように廊下が鳴る)は歩けても、室内には入れません。
 その室内の様子を間近で見たいというのが、今回足を運んだ動機です。
 しかし近くで目にできても横並びでの展示だと、今度は部屋の雰囲気が感じられません。主催者側も「そんな要望があろうかと!」VR(バーチャルリアリティ)の映像を見せてくれます。
 その映像では、周囲に展示される襖に囲まれた本来の空間配置(天井も含めて)が見て取れるので、立体的なイメージが膨らみます。
 現物+バーチャルリアリティの展示は、双方に対する想像力を喚起する面でとても素晴らしい相乗効果と感心させられます。
 公開映像を探したのですが、やはり限定公開のようです……

 展示作品に狩野派(かのうは:室町時代から足利家、織田信長、豊臣秀吉、徳川家などの御用絵師をつとめた一派。伝統+チョンの印象が好きではない)的な絵が多いのは当然でも、これだけの数が現存すると「迫力」になります!
 江戸の文化財は火事、震災や空襲で多くが焼失しました。同様に火事の多い京都ですが、文化財を守る意識が高かったと思われます。
 そんな、文化や歴史を守ろうとする「意識」に触れ、久しぶりに京都の香りに包まれるひとときを過ごしました……


 常設展示場では、この地に江戸という都市が開かれ、東京へと変遷してきた「都市文化」と、人びとの暮らしの移り変わりの様子を見ることができます。
 平安時代までの貴族社会から、鎌倉時代に武士が実権を奪い取りましたが、戦国時代が終わるまでは武士社会となっただけでした。
 江戸時代に入り世情が落ち着き、戦いの無い市中に町人文化が開花します。
 鎖国下でもっとも華やいだ江戸の庶民文化と、開国〜明治維新後のモダンな都市文化の紹介がここの売りになります(もちろん、関東大震災、第二次世界大戦〜東京オリンピック当時の様子も展示されます)。

 ひとつ上の写真は歌舞伎小屋「中村座(浅草)」の復元で、この日はマジックショーが演じられます。
 元は1624年猿若勘三郎(初代中村勘三郎)が京橋周辺に創設した芝居小屋で、江戸歌舞伎の始まりとされます。

 上は1926年(大正15年)に登場した、当時東京市内を1円均一で走る「円タク」のA型フォードのフロント部分。


旧安田庭園(Map)


 両国国技館からほど近い墨田区の公園(入園無料)。
 江戸時代の大名下屋敷に庭園が築かれ、 明治期に安田財閥の祖である安田善次郎が所有時に、東京市(当時)へ寄贈したことで名が残ります。
 写真奧の両国公会堂(レンガ色の建物)は安田財閥の寄付金により、関東大震災後の1926年(大正15)に建設されます。
 隣接の被服廠跡(ひふくしょう:現東京都慰霊堂)は、震災時の火災で数万人が焼死した地域ですから、この建物は復興の象徴のように思えたとのこと。

 両国公会堂は老朽化のため2001年に閉鎖され、墨田区は「建物の耐震・修復等の後に有効活用し、有益な文化・観光施設として再生し運営する事業者の募集」を2008年・2011年に行うも、どちらも選定事業者なしの結果だそう。
 このまま取り壊されるのを見届けるにはしのびない建物ですから、どこかにスポンサーはいないものか? と思います。
 両国=相撲だけではなく、地下鉄大江戸線が開通し総武線の呪縛も薄れたことですし(?)、若者向け施設のシンボルとして地域を活性化させるアイディアってないでしょうか?

2012/09/03

Bay Area Walk ! ──東京ゲートブリッジ

2012.8.25【東京都】──「ベイエリアウォーク ①」

 前回のラストで海と再会した際、次は気になっていたゲートブリッジを歩こうと決めました。
 これを機に、少しベイエリアを歩こうと思っています。


より大きな地図で ベイエリアウォーク を表示


 現在暮らす田町も、ベイエリアと感じる瞬間があります。
 駅前2階テラス(三田口)にある喫煙所には、風の穏やかな猛暑日でも海側からそよそよと風が流れてきます(汗は引かないが心地いい)。
 それは海からの湿気が含まれた風で、かなり想像力は必要ですが、海岸の木陰で感じる印象に近いので、都会でも「海辺の空気の流れ」を実感できるんです(汐留などでは巨大ビルの壁が海風を遮断したと問題視されている)。
 その心地よさに、すっかりベイエリアの住人気分だったりします……


東京ゲートブリッジ(Map)


 メディアの紹介でご存知のように、埋め立て地の間を結ぶ橋で周囲に大きな建造物は無いため展望は素晴らしく、実に気持ちいい見晴らしです。
 確かに気分はいいが、何も「外出は控えてください」とされるような猛暑日に歩かなくても……(家に戻り鏡を見れば、顔は真っ赤!)
 上写真のトラス天井部を道路と平行につなぐ梁がカメラ手前にもあり、その細い陰が橋の上での唯一の日陰となります。
 当然のようにみなさんその陰たどって歩きます。海上なので風は適度にあるのですが、とにかく日陰が欲しい者には「オアシス」のようでした。
 現在はまだ関心が高いようで、「はとバス」のコースになっています。


 江東区若洲と中央防波堤外側埋立地を結ぶ橋梁で、2012年2月に開通しました(歩道を併設も埋め立て地側は立ち入れないため、現在は戻るしかない)。
 それにより、江東区若洲〜大田区城南島間が結ばれ、東京港を最も海側で迂回するバイパスが開通したことになります(東京湾アクアラインは除く)。
 土曜日なので通行量は少なめと思いますが、大型車が多いためよく揺れます(レインボーブリッジの方が変な揺れ方だった)。

 ここは写真のように飛行機が頭をかすめる、羽田空港への飛行ルートにあたるため、構造物の高さ制限:98.1m以下、大型船舶が航行可能な桁下高:54.6m確保という、空と海の条件をクリアするため吊り橋や斜張橋ではなくトラス橋(三角形に鋼材を連ねて橋桁の荷重を分散する構造)とされます。
 構造物は高さ87.8m、橋桁高54.6m、長さ1,618m(横浜ベイブリッジは、橋桁高55m、長さ860mの斜張橋。レインボーブリッジは、橋桁高52m、長さ798mの吊り橋)で、橋の長さは東京近郊のメジャー橋の2倍ですから、ビジュアルのアピール度は低くても強度を保てる構造になります。


 上の中央防波堤外側埋立地が、現在東京都ゴミ埋立処分場の最前線です。
 ゴミ埋立地で記憶に残る「夢の島」は現在、新木場駅の陸側に位置します。
 その後もゴミ埋立処分場は沖を目指し、現在若洲とされる下写真地域は当時「新夢の島」とされました。
 整地後に作られたゴルフ場から「メタンガスが吹き出した」のニュースは、よく覚えています(今は大丈夫なの?)。
 一方のお台場とされる東京港埋立13号地は、浚渫砂(東京港の海底掘削の残土)による埋め立てなのでゴミの影響はなく、商業・住居利用されます。

 新しく埋め立てられた土地は「開発された領土(?)」ですから、その帰属を要求する周辺自治体間にはバトルがあります。
 お台場地区は、港区、品川区、江東区に帰属しましたが、さて、新埋め立て地の帰属先は?
 当初は港区、江東区、品川区、大田区、中央区の5区が隣接を理由に帰属を主張するも、現在橋やトンネルで結ばれている江東区、大田区に絞られ、2区で山分け(?)のようです。

 右は「猛暑日の危険性」が伝えられる日に、日よけのない炎天下で釣りをする人々。釣りバカとはよく言ったもの……
 でも、ポチポチ釣果は見られるので、やめられなくなるのかも知れません。
 一番の関心事は釣り上げた魚を「食べるの?」です。
 放射線問題も心配ですが、こんな東京湾奧のゴミ埋立処分場の岸壁で釣り上げた魚を、まさか口にしませんよね?


東京へリポート(Map)


 ヘリコプター離陸の儀式(?)を初めて目にしました。
 格納庫からは台車で引き出されるのでしょうが、誘導路を低空飛行でマーキングされた離陸地点まで移動します(低空での移動を怖いと感じるのは、映画『ダイ・ハード』などの影響か?)。
 離陸地点でしばらく低空ホバーリングを続け、管制許可の「TAKE OFF!」を受け飛び立つようです。
 上写真の上昇と同時に旋回する姿には、刑事ドラマ『大都会』(1976〜1979年)『西部警察』(1979〜84年)を想起する勇ましさがあります。

 かなり前ですが、ヘリコプター会社と測量会社が合併した会社に勤めたころ、東京へリポートの名を耳にするも今回初めて足を運びました。
 ヘリコプターからの映像にはなじんでいても、乗り物としては「非日常的」な印象があります(エアポケットの影響をガンガン受ける、と聞きます)。


 その運河の反対側には、若洲海浜公園ヨット訓練所があります。
 対岸に見える葛西海浜公園の沖合いに「ヨット訓練水域」があるらしいのですが、もう後片付けをする時間でした。
 案内には、小学4年生以上〜社会人までとありますが、利用料金の表示がないのは「結構高そう」なイメージの裏付けと感じてしまいます。

 上下2枚の写真は、ヘリコプターの離陸を待ったせいでバスに乗り遅れ、40分待ちのヒマつぶしのまったり感が伝われば、というものです。
 上は昼の部の人が帰宅後、夕方の部の人が帆を張ってくれた絵。


 モコモコの積乱雲を観察していると雲が発達する速さが実感できるので、頭上が暗くなってきたらとにかく建物内に非難、を再認識しました。
 ガキ時分の「スッゲェ雲だなぁ〜」とよく見上げた記憶は、今思えば、雨が降ってきたら遊べなくなるから「早くやろうぜ!」だった気がします。
 現在のガキどもに「近ごろの集中豪雨は昔と比べものにならないから気をつけろ」と言っても無理なことは、変わらないのでしょう……

 久しく海辺の空気を欲していたこともあり、展望の開けたベイサイドを歩くと「ただいま!」という心境になります。
 写真の被写体としては基本的に「人物が一番面白い」と思いながらも(近ごろそんな絵が増えたのは、町中だったせいか)、今回の「大きな絵」の方が自分らしいと思ったりします。


追記──報告:妹の退院

 手術から11日で無事退院しました。
 もちろん経過観察中ですが、いまのところ不安要素の心配も低いようなので、ひと安心という状況です。
 でも手術というのは大変なことですから、順調な回復を願うところです。
 ご心配お掛けしました……