2020/06/22

自衛隊に学ぶべき!──千住

2020.6.6【東京都】

 プロ野球が開幕し、Jリーグ対戦予定表を「懐かしい!」と感じ、学生たちのクラブ活動が再開される様子に、スポーツの大切さと希望を再確認しました……



 千住神社の緑のしめ縄(上)は「疫病除け」を願う、薬草で抗菌作用のあるイグサのイメージではないかと(匂いはなかった)。
 6月末に神社で行われる「夏越しの大祓」の、茅の輪(ちのわ)くぐりへ行こうと思うように、努力だけでは叶わない疫病除けの神頼みは「いまでしょ!」の願いは、皆同じではないか……

 右は慈眼寺にある藤棚の柱の補強がはがれ、内側からさびた「千住商店会」のプレートが現れた様子で、町との一体感がうかがえます。

 足立区の町名は千住とされるため、北千住という町名はありません。隅田川南側の荒川区では、千住南組の名称から南千住の町名とされます。歴史を残したい側と、記憶を消したい立場の違いのように(南千住には小塚原刑場がありました)。
 千住は銭湯の多い町ですが、立派な構えの大黒湯(「キングオブ銭湯」とされる)は、現在も人気があるそうです(右は煙突)。銭湯の立地はどこもこんな場所柄と思うも、いまどきは煙突より高い建物もあるので、苦情があったりしそうです……

 右は厄除地蔵尊で、昭和初期に隣接の小学校が火災に遭い、土地整理の際に地中から出てきた地蔵尊を火難除地蔵として祀ったのが始まりだそう。祠(ほこら)には4体の地蔵尊が並びますが、きれいに手入れされており、建物が密集する地域の心情がうかがえるようです。

 下の大橋眼科の建物は、大正期に建てられた旧洋館のイメージを引き継ぎ、1982年に建てられたものですが(惜しむ声を反映したそう)、こういう個性(味)を歓迎する土地柄に魅力を感じてしまいます(ここだけアーケードが途切れています)。


自衛隊に学ぶべき!

 自衛隊は、集団感染発生の「ダイヤモンド・プリンセス号」対応で感染者を出さず、陽性患者を多く受け入れた自衛隊中央病院でも、5月下旬まで院内感染は起きていないとのこと。それは、1995年地下鉄サリン事件、2011年福島第一原子力発電所事故で、「見えない敵」と戦った経験・実績によるもので、平素からNBC防護訓練(Nuclear:放射能、Biological:生物、Chemical:化学)をしているそうです。
 防疫は医療の基本ですから、感染予防法を自衛隊に学ぶべきかと……


自己防衛意識の必要性

 都道府県境をまたぐ移動自粛が解除され、人の流動化が再開しました。
 移動が必要なビジネスや、単身赴任で3ヵ月間家族に会えなかった 等の要件は理解できても、「大丈夫だよ」との裏付けのない自信には疑問を感じます。とはいえ、「大都市にいるより安全だよ」と郊外で深呼吸したい気持ちは、素直な欲求として理解できます。
 感染するのは勝手でも、拡散させた場合の責任を取れるのか? を含めて自己責任となるため、これまで以上に「自己防衛意識」を高める必要がありそうです……

2020/06/15

これからも続く憂鬱──千住大橋

2020.5.30【東京都】

 外出自粛は解除されましたが、週末に電車で外出する人は少ないため、リラックスできる状況こそ本来の休日とも(通勤電車に疑問を感じるきっかけとなるか?)。
 今回は、外出自粛前の続きとなる千住大橋から北千住方面に向かいます。


 2カ月ぶりに触ったカメラはバッテリーが上がり、「シャッターってこんなに重かった?」(スマホはタッチでOK)と、ちょっとリハビリが必要でした。

 いまどきの、猫も狛犬もマスク(?)には逆らえませんが、電車を降りたら外させて! 「マスク不着用での入店お断り」の店もありますから(店員さんも不安ですよね)、入店前に顔を隠すように(?)。
 右は、京成線 千住大橋駅に近い河原町稲荷神社。以前はやっちゃば(青物市場)の守護とされますが、現在足立市場は水産物専門とされます。


 堤防が整備された千住隅田川テラス(上)には比較的人が出ています(普段はもっと多そう)。水や水路を利用した工場が移転した後のまとまった土地を、緩傾斜型堤防化した場所をこれまでも何箇所か歩きましたが、このような堤防が続けば江戸時代のように川辺がにぎわうかもしれません(下町方面は水都でした)。
 彼女たちが手にしているのは、グラススライダー用のソリ。こんなのあるのかと驚くも、「ダンボールって昭和・平成の話?」とか言われそう……


 江戸時代は、上の千住大橋が江戸市中の境界とされ(佐倉街道、奥州街道、水戸街道、家康没後に日光街道も通る)、松尾芭蕉が奥の細道へ旅立った地とされるため(自宅は深川)、周辺では芭蕉関連の記述を多く目にします。

 右の裏手にある足立市場は、東京都中央卸売市場 足立分場として1945年(昭和20年)に業務を開始し、79年青果部の廃止後は都内唯一の水産物専門市場とされます。

 下の黒塀に白く点在するのは蚊柱で、紫陽花も咲くように、ウイルスとは関係なく季節は移り変わります……


相反する予防対策

 マスクに加え、熱中症予防が必要な季節となりましたが、同時の予防は無理です。マスク着用時は、顔全体の体温が上昇する測定結果があるように、人との距離を保てる場所(屋外 等)では、マスクを外した方が安全そうです。


これからも続く憂鬱

 東京での休業要請が全面的に解除されると、普段に近い活動が再開されるため、「新しい生活様式」の実践だけでは抑えきれない場面に遭遇しそうです。
 市民の願望としては「新規感染者ゼロ」ですが、社会は「爆発的感染がなければ GO !」したいように、隔たりは大きいものの、国が国民を養う経済力を持つわけではないので、注意を払いながら活動することになります。
 「夜の街」の集団検査でようやくウミが出始めたように、やっかいな問題をつぶすことが最優先でも、「品行方正な市民」との切り分けをしないと、圧倒的多数からの反感を買うことになります……

2020/06/08

東京アラートの受け止め方

2020.5.24【東京都】

 この日はまだ外出自粛中ですが、「もう近所に歩くところがない」状況でひねり出した、埋め立て前の旧海岸線沿いを歩くルートになります。


 葛西沖開発事業(埋め立て工事)開始は1972年なので、69年開通の東西線は、数百m海の上(堤防の海側)を通っていました。上の交差点まで海だったため、現在も陸地に鉄橋が続いています。
 以前の地図(ここは神社付近)を見ると、周辺は東側の旧江戸川の土砂が堆積した様子がわかります。荒川は30年(昭和5年)の開削時から管理されるため、地形に影響を及ぼしません。

 右の江戸川区球場の利用は再開されたようですが、高校野球の応援が聞こえないのはさみしい限りです……


 上は、旧左近川河口の海岸水門(水門は取り壊された)から、新左近川親水公園(水門の海側が新左近川)を望む絵で、埋め立て後も付近は船溜りとされました。
 水面に浮くのはカヌーポロ(リンク先Youtube)の設備で、以前見たプレーは遊びのようでしたが、本来はYoutubeのような激しいスポーツらしく、いつかここでもそんなプレーが見られることを!

 右・下は旧海岸堤防沿いの遊歩道で、岬付近には「将監(しょうげん:武家官位)の鼻」の碑があります(御船手奉行 向井忠勝 由来の地名があった)。以前は遠浅海岸の沖にのりひびが並び、アサリやシジミがとれたそう。


 旧堤防沿いの遊歩道は、首都高速湾岸線付近で旧江戸川に至ります(海側は葛西臨海公園)。対岸はディズニーランドですが(下)、いまはゴーストタウンのようでは? 状況を考えると営業再開の判断は難しそうで(複合商業施設「イクスピアリ」は再開)、慎重になるのはディズニー本社の姿勢かもしれませんが、施設内でのクラスター発生は何としても避けねばなりません……


「東京アラート」の、都庁とレインボーブリッジのライトアップは不気味ですが……

 「まだ時期尚早」の声は多いが、「早く元の生活に」の気持ちも高まっています。
 拘束力のない「東京アラート」は単なるスローガンに聞こえる面があり(状況を理解する人には再確認でも)、若者に「やばい!」と感じさせるインパクトが欠けるように。
 そこで出てきた「夜の街で働く従業員が定期的にPCR検査を受診できる態勢づくり」には、現代の赤線? と感じたりします。非合法とは言えない営業活動を管理する対策ですが、非常時には社会のグレーな部分や、政治のダークな面が表出しますから、ひとつずつ潰していく過程を国民は注視すべきと……

 マスクは「北風」が吹く季節の装備のため、「太陽」の季節には暑さで息苦しくなり、屋外では外したくなります。口の周辺がムレムレです……(花粉症の方の苦しさを知りました)


追記──元「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」代表 横田 滋さん死去

 本来は、温和で優しい方と思いますが、心からの笑顔を拝見できませんでした。
 何も言葉は出ませんが、無念さは国民に伝わっています……


追記──連続テレビ小説「エール」

 志村けんさん出演されていました(失礼しました…)。もっともセリフが多かった撮影オフショット(リンク先NHKのTwitter)の、ギャップがあの人らしいと……(女性と一緒だから?)

2020/06/01

スポーツ界始動の明るさ!

2020.5.17【東京都】

 街を歩く人の表情もゆるみ、公園・広場に子どもたちの歓声が戻るも、通勤電車の憂鬱が目前のため明るさを実感できませんが、野球・サッカーなどのスポーツ始動の知らせを目にすると、「これが明るさ!」と励まされます。


 上は、左の荒川と右の中川を隔てる背割堤の上を通される首都高速中央環状線(葛西橋より)。普段は歩けますが、現在護岸工事中のため立ち入ることはできません。
 どちらの岸からも橋を経由する必要があるため(橋も限られる)、人が少ない密フリー(怪しげな響き)の開放的な場所になります。対岸から見える人影の「何やってんだ?」の姿は、結構楽しめたりします……


 上の葛西橋(補剛ゲルバー桁:吊橋に見える部分は補剛材とのこと)、下の清砂大橋(斜張橋)とも力強い構造に見え、上流のスマートな船堀橋よりも橋の主張が感じられます。
 橋の完成は1963年(当時は都内で最長)、東西線開通は69年(西葛西駅設置は79年)、葛西沖開発事業(埋め立て工事)開始は72年ですから、この橋の重要さがわかります(清砂大橋は2001年)。


 荒川西岸はロックゲート付近から下流は江東区とされ、広い河川敷に公園や花壇が整備される様子を、東西線車窓からうらやましく眺めています(東岸は河川敷がない)。
 近頃は遠出ができないため、広い空間(川+河川敷+空)を求めて、よく足を運ぶようになりました。


 河口に向かうにつれ寂しげな景色になりますが、この先は夢の島ですから、ゴミの埋立処理場当時を知る方の記憶につながる絵かもしれません。
 付近ではソーシャルディスタンスではなく、フィッシャーマンディスタンス(互いにじゃまをしない)が数十m程度の等間隔で保たれており、釣り人同士のマナーが見て取れますが、距離は普段より広めかも……


追記──スポーツ界始動への期待感と各個人の自覚

 千葉ロッテの新人 佐々木 朗希投手は、小学生時分に陸前高田で東日本大震災に襲われ、走って津波から逃げた経験を持つそう(父と祖父母が亡くなる)。昨年夏の岩手県大会決勝で登板回避し敗れた監督の「故障予防の選択」に対する思いも背負うでしょうから、「張り切り過ぎないで!」の応援がようやくできそうです。

 東京では、夜の街に蜜を求める連中の感染が増加中とのこと(G.W.明けの感染か?)。接待の場合は要求する者がいるわけで、「社名の公表」をチラつかせては? 店舗側も感染を出したらアウトな状況下で「体を張る」つもりでも、感染者数の増加による社会活動制限の網は、感染に怯える一般市民にも及ぶことになります。自覚を持てない人に対しては、世論を反映した営業停止命令があってもいいのではないか? いまの世間は、とても敏感になっています……

2020/05/25

とりあえず、緊急事態宣言解除

2020.4.29【東京都】

 緊急事態宣言がすべて解除されました。感染対策においては「チーム大阪」の取り組みが際立った印象を受けました。お上の命令には耳を貸さなくても、吉村知事の言葉に対し「確かにそうや」の団結力は見事でした!(「#吉村寝ろ」の声も)👏👏👏
 有事に首長の指導力が明確になることがよくわかりましたが、はてこの国は?


 前回の続きで、荒川西岸(江東区側)を大島小松川公園から下ります(宣言解除前です)。
 展望の丘(上・右・下)は盛り土の上に整備された公園で、上の安藤泉 第27回UBEビエンナーレ2017出品作「ムー大陸よりⅡ」は、19年に移設されたもの。

 右は丘から眺めた小名木川で、一直線に隅田川の清洲橋付近まで開削されました。曲げる必要もないが、曲がったことを嫌う江戸っ子気質に通じるようにも。
 普段は、水陸両用バス「スカイダック」が川へダイブする場所でにぎわいますが、もちろん休業中。活気のあった光景を思い起こすと、現在の異常さがよくわかります……


 上は丘の上に保存される旧小松川閘門(こうもん:荒川と旧中川の水位を調節し船を通行させる水門 昭和5年)。
 後継である下の荒川ロックゲート(2005年)は最大3.1mの水位差を調節可能で、阪神淡路大震災クラスの地震でも支援活動を可能とする設計だそう。
 この日は船が少ないため見られませんでしたが、サンダーバードマイティジャック(リンク先Youtube)を想起する大量の水が増減する様子は、見ていて飽きません(ガキの感性のまま……)。


 下は、旧葛西橋が架けられた付近にある仮設の桟橋群で、以前からの漁師、遊漁船、屋形船等が係留されています。荒川下流には堰がないため入江のようなもので、流路も平坦なため戸田橋付近まで潮の影響があるそう。
 工場排水等による汚染で、一度は「死んだ海」とされましたが、時折東西線の車窓から貝を採る船が見られ、岸から糸を垂れる人も多いので、水質はかなり改善されたようです(臭いはない)。奥に見えるのは、現在の葛西橋と清砂大橋。


 荒川西岸(江東区側)には広い河川敷が整備されているため、多少人出があっても密な状況にはなりません。
 天気がよければ、クラスター発生源と叩かれた屋内のフィットネスクラブでなく、広い川面を眺める方が気持ちいいし、息の詰まる日常を忘れられそうです……


 とりあえず緊急事態宣言は解除されましたが、これから多難な道のりが始まります。
 梅雨の季節に地下鉄のラッシュが戻り、冷房を最強にしても窓全開でマスクとなると、体調(精神面も含め)を崩す人が出てきそうです。飲食店でも利用者の安心のために席を開けると、100%稼働しても売り上げは以前の半分以下にしかなりません。
 これまではみんなで我慢してきましたが、これからは知恵を出し合ってキツイ状況に立ち向かうことになります……


追記──ラスト 志村けんさん

 連続テレビ小説『エール』の志村さん出演も最後となりました(ではないかと…)。
 山田耕筰 役(役名:小山田耕三)をシリアスに演じる姿が最後というのは、この先の夢(いかりや長介さんのような演技者としての将来性、山田洋次監督映画の出演を含め)を摘まれたように感じます。
 特段のファンでなくても、ふり返ったら「変なおじさんだったりして?」(リンク先Youtube)、激しく机を叩くシーンに「タライが落ちてくる?」など、人を笑わせることが好きだった方に対しては、笑いを連想することが追悼になるのではないかと……
 そんな役柄でも、アドリブでのイタズラっぽい表情は、さすが! と印象に残ります。
 ありがとうございました!

2020/05/18

安心感を与える工夫を!

2020.4.29【東京都】

 大島小松川公園は荒川の対岸にありますが、江東区との境界は旧中川のため本公園は江戸川区との両区にまたがります。


 この時期の花が整備された公園は、日差しを受け絵画のように見事です。
 下のネモフィラは素晴らしいが、やはり国営ひたち海浜公園の、丘を埋め尽くす絶景を一度体験してみたいと(コキアの紅葉もぜひ!)。

 海抜0m地帯の避難場所とするため大規模なかさ上げが行われましたが、有毒物質が埋められた工場跡地のため、無毒化処理後も大雨時などに染み出しているそうで、それゆえ表面だけは飾っているようにも……


 外出自粛中とはいえ天気のいい連休なので、人出は多く感じますが、広大な公園には密な印象はありません。荒川河川敷をジョギングやサイクリングする人も、普段通りの光景に見えます(西岸の方がゆったりしている)。
 こんな状況から「気のゆるみ」が生じるかもしれないので、子どもたちには「新しい生活様式」を習慣づけておく必要性がありそうです。「密ですゲーム」等を浸透させ、普段から遊びのように「密です!」の意識を持たせられたら、と思ったりします。
 東大島駅前のコンビニは密でしたが、店舗が少ない場所では工夫が必要になります。


 旧中川は池のような親水公園で流れもないため、普段はカヌーやボートを見かけますが、現在は航行禁止のようで姿はありません。
 荒川東側の西葛西方面にも旧水路を整備した公園は多くありますが、施設化(グラウンド等)され緑地は少ないため、だだっ広い公園に魅力を感じます。


 上はまだ若い木ですが全部桜と思われ、花の季節はキレイだったことと(これが全部育った桜の森はどんな姿になるのか?)。
 来春は普段通りに、花の光景をみんなで楽しめることを!


追記──不安を感じる中での、39県緊急事態宣言解除

 安全宣言ではないため、「まだ早いのでは…」という戸惑いの声も多いようですが、生活のためにも商業活動再開は必要です。
 人の接触を減らすため、商店街を無人にしたり(会計だけ有人)、ドライブスルー方式のテイクアウト弁当モールをグループで運営するなど、利用者の不安を和らげる様々な工夫が始まりました。互いを思いやる気持ちを持って、段階的な活性化を実現させる必要があります。
 日常としては、ウイルスの危険性がインフルエンザ程度(ワクチンができて、1週間程度で社会復帰できる状況)となるまでは、「新しい生活様式」での用心が必要になりそうですが、高齢者の危険性低下は難しいでしょうね……

2020/05/11

アフターコロナを思い描いて

2020.4.25【東京都】

 帰省しなかった都市部の家族、再会をあきらめた故郷の家族、旅行を中止した人々、かきいれ時に休業する店舗 等々の辛抱によって、経験したことのないゴールデンウィークが実現できました。これを無駄にしないためにも「新しい生活様式」を続ける必要がありますが、地方の自治体から制限解除が聞こえた途端、緩みはじめたようにも……

 近所に葛西親水四季の道とされる遊歩道があり、その先は旧江戸川中州の妙見島(産業廃棄物の島の印象)に通じるので、一度歩きたいと思っていました。
 その道は、旧江戸川と中川を結んだ旧長島川を整備したもので、人工の水路、水遊びできるミニプール、小学生が稲を育てる田んぼ(今年はどうするのだろう?)等が整備されます。送電鉄塔「長島線」の名称由来らしい。

 初めて歩く葛西駅東側の遊歩道は短く物足りないが、以前からの生活の営みを感じることができます。右は桑川神社の富士塚。


 上は旧江戸川から旧長島川が分岐した付近で、左が妙見島になります。付近にはコロナ感染が広がった当初、目の敵にされた屋形船が多く係留されています。3密の条件が揃うのは確かですが、窓を開け放てば回避できると思うので、こんなことで江戸時代以来の文化が衰退して欲しくないと。
 一方で釣り船は営業しており、船上でのソーシャルディスタンスが保たれれば問題はなさそうですが、釣り客は多くないようです。


 上・右・下は新川(旧江戸川と中川を結ぶ人工河川)で、行徳塩田の塩を江戸に運ぶ「塩の道」としてにぎわいました(成田参詣などの行楽客も利用した)。上は旧江戸川(東水門)から水を取り込む様子で、地盤沈下以前から旧江戸川の水位の方が高く、無風時は東行きの通行ができないため、曳船する業者もあったそう。

 そんな往時の様子を伝えるため、木造の橋がいくつも架けられています。ウッドデッキのように踏みしめる感触や、板のきしむ音には味がありますから、保守管理は大変かもしれませんが続けて欲しいと。


 新川の両岸には「新川千本桜」とされる桜並木が整備されており、右の新川さくら館はイベントや文化活動 等を目的とする施設ですが、桜まつりは中止になり現在は休館とされています。

 日差しの強い日に絞りが効かないスマホカメラに、バカチョンカメラを思い出しました……


追記──アフターコロナを思い描いて

 「新しい生活様式」を違和感なく受け入れる習慣が身につき、ウイルスに対する知見も広がり情報は格段に増えましたが、その分新たな不安も増えたように感じます。抗体検査の動向から、熱のない体調不良でも「感染しているかも?」と考えたり、「抗体があっても再感染しないとは限らない」、PCR検査「陽性→陰性→再陽性」等々の情報には、精神が不安定になるばかりです。
 ともかく病院の状況が平時に戻るまで「新しい生活様式」を続け、救急車がたらい回し(患者にとっての医療崩壊)にされない状況に戻さねばなりません!
 連休中は帰省ラッシュや渋滞もなく、ガソリン等のエネルギー消費量が極端に落ち込んだインパクトは大きいもので、アフターコロナには社会が大きく変わりそうですが、「新しい生活様式」がベースとなることと……