2017/11/06

子育て世代にアピールする──行船公園

2017.10.8【東京都】──江戸川区探訪_1

 遠出が続きましたが、しばらくぶりに現実の世界に戻ります。
 ここは近所にある公園で、自然動物園(1983年開園)、平成庭園(1989年開園)があり、隣接する宇喜田公園(グラウンド等)を含め、住民のいこいの場となっています。




 敷地は狭くても動物の種類と運動場スペースが確保されるので、動物園の要件を満たしているように。その分見学者が弁当を広げるスペースは狭いが、入園無料で出入り自由なので、公園や近くの飲食店が利用可能。
 ウサギやモルモットなどを膝に乗せられる動物ふれあいコーナーは大人気で、可愛がるつもりでも足がぶつかれば動物は逃げることを、経験から学んでいるように(右はミミナガヤギ)。
 上のクモザルの名は、木の枝に尾を巻きつけてクモのようにぶら下がる姿によるもので、両手足+尾の5肢(?)を持つようにも。


 上のプレーリードッグにとっては、キスやハグが挨拶の行為らしいが、われわれの感覚では「いつまでやってんだよ!」と、ツッコミたくなります。
 見た目の通りネズミの仲間ですが、天敵を知らせる警戒の声「キャンキャン」がイヌの鳴き声に似ているため、プレーリードッグ=草原のイヌ とされます。
 見晴らしが開ける草原では天敵の見張りは重要ですが、この環境では周囲を見渡す目ものんびりしています、




 施設の土地は1933年公園用地として寄付されますが(行船の名称は寄付主の屋号)、田んぼが広がった地に庭園が整備されるまで50年かかりました(1989年)。
 周辺の水害が軽減されたのは、1957年葛西海岸堤防建設、1972年葛西沖開発事業の埋め立て以降で、葛西橋(1963年開通)、東京メトロ東西線(1969年開通:西葛西駅開設は1979年)、都営地下鉄新宿線船堀駅(1983年開業:新宿線開通は大学時代の記憶がある)等の交通インフラ整備も、土地の整備事業を受け進められたようです。
(上写真だけ11月5日撮影)


 落ち着いた空気でひと息できますし、ガキどもが群れる水辺もあるので、住民には好評のようです。
 紹介ページの紅葉と雪景色は是非と思ったが、新しい町には紅葉の名所がないことを意識したようにも。
 上2枚は、池の畔に建てられた源心庵(句会や茶会などに利用される)で、有料ながら静かな時間が過ごせそう。

 隣接する都立宇喜田公園は、スポーツ広場や野球場、フラワープロムナード等がある広い施設。以前の土地利用は不明ですが、都が防災施設(避難場所)として確保したようで、一画には震災対策用応急給水施設があります。
 田町同様に比較的近場にあることは安心材料とはいえ、災害時の混乱の中でも計画通り水が分配され、確保できればいいのですが……
 右は、行船公園の釣り池。


追記──アメリカ大統領来日

 滞在期間中の都心部には迷惑顔があふれそうです。
 ニュース映像を目にし、日本でも結構人気があることにちょっと驚きました(株高の恩恵を受ける人々?)。
 アメリカファーストに突き進む人物のご機嫌を取り、取り入るように見えましたが、はて、わが国のジャパンファーストは、自立せずとも実現可能なのだろうか? そもそも、そんなものは存在しないのだろうか、とも……

2017/10/02

欠かせない大動脈──臨海町

2017.9.18【東京都】──臨海町

 東京湾臨海部を通るJR京葉線を基準に、新木場駅の陸側に夢の島があり、隣の葛西臨海公園駅周辺が臨海町とすれば、オヤジたちは場所をイメージしやすいのでは?




 葛西沖開発事業で埋め立てられた地域で、環状七号線・東京湾岸道路が交差し、首都高速道路湾岸線と中央環状線が交わる交通の要所には、東京都中央卸売市場葛西市場葛西トラックターミナル、東京団地倉庫、江戸川臨海郵便局 等、流通拠点となる大規模な施設が集まります。
 そこに何でロッテ葛西ゴルフ練習場(上)があるのか不明ですが、以前ロッテワールド東京建設予定地だったらしいも、東京ディズニーシー建設を受け棚上げされたとのこと。


 首都高速道路湾岸線と東関東自動車道の接続(1982年)以前、都心から千葉・茨城方面へ向かう高速道は京葉道路しかないため、利用時には渋滞の覚悟が必要でした(トイレも無かったように)。
 その後開通した湾岸線はスムーズに流れるため、ディズニーランドの花火や夜景を楽しむ間もなく通過してしまうことを、うれしいと感じたことも。
 高速道利用者は大いなる恩恵を受けましたが、葛西臨海公園へ向かう高速下の歩道橋(右)では騒音が途切れないため、会話も通じない状況です。



 前回訪問時、水族園大型水槽のマグロは1匹だけでしたが、数を回復させたのは飼育員方の苦闘の成果と。
 マグロ・カツオ類の大量死で2015年3月に1匹となり、「照明消灯の取りやめ」「水槽清掃時のダイバーの削減」「大水槽アクリルへのテープ貼り付け」等の対策以降は、大量死は見られなくなったそう。
 2016年4月葛西臨海水族園の最終調査報告では、「大量死は単一の要因ではなく、直接的・間接的な複数の要因が作用した」とのこと。再発の恐れはありますが、生態解明には試行錯誤が必要なのも確かです。
 群れるマグロは迫力があるも暗くて撮れず。


 本公園は東京都が、汚染や埋め立てで失われた自然環境の再生を目指し造成したもので、砂浜が整備された葛西海浜公園は、埋め立て以前から広がる三枚洲(干潟)保護・再生のために作られたそう。
 ですが現在、付近に流れ込む荒川・江戸川で洪水防止対策が進んだ影響評価として、干潟維持に必要な土砂が供給されているか調査中とのこと。
 現在も潮干狩りや水遊びは可能ですが、潮の流れが複雑なため遊泳禁止とされます。遠浅の海でも川が近いので、急に深くなる場所がありそうです。

 自宅から歩ける距離(30分弱?)とはいえ、広い園内を回った後に歩いて帰るのはしんどそうですが、サイクリングにはちょうどいい距離感ではないか(埋め立て地なので平坦)。

 近ごろは、帰宅時の車窓にライトアップされた観覧車を目にすると、迎えてくれるようで「ああ、着いた」と、ランドマークを身近に感じる地域住民になりつつあります……


追記──連続テレビ小説「ひよっこ」終了

 高度成長期の日本(東京)を支えた、出稼ぎ労働者の苦難や、集団就職の「金の卵」が独り立ちし「ひよっこ」となる物語には、懐かしさを覚える場面もあるが、現代でも出身地に関係なく、職に就き独り立ちを実現できる環境は、大都市圏に限られることに気付かされます。
 国民が「希望を持てた時代」の明るさが作品を支えていたように……

 有村架純の柔軟さは、器用さとは違うように見えるので、もう少し年齢を重ねてからの映画を観てみたいと。木村佳乃はバラエティでブレイク中?(未見)らしいも、本作の母親役はとてもチャーミングでした。
 元女子マラソン増田明美のナレーションには驚いたが、歯切れ良さが心地よく、軽快に物語を楽しめた。

2017/09/25

過去を埋め立てた──南葛西周辺

2017.9.9【東京都】──南葛西周辺

 葛西の地名由来は平安時代末期、源頼朝の蜂起に呼応した葛西氏によるもので、末裔が江戸城の糞尿利用を許されてから豊かな地に(当時は現在の江東区も含まれた)。




 江戸時代、江戸川河口周辺の低地帯に水田が広がりましたが、川の氾濫や高潮などの水害に悩まされます。
 高度成長期の地下水汲み上げによる地盤沈下の発生から耕作は不能となり、黒い水事件により沿岸漁業も衰退し、陸も海も見切りをつけられた放棄地となります。
 その後の産業廃棄物不法投棄による公害の深刻化により、ようやく江戸川下流域(葛西沖、浦安沖 等)の再生事業が動き出します。

 右の超高圧送電線(江東線)は埋め立て前の海に通されたもので、埋め立て後も地上部に建物を作れないため、総合レクリエーション公園として整備されます。

 総合レクリエーション公園は送電線に沿った施設のため、11の主要施設が東西に約3キロ連なります。
 デイキャンプ施設(火の利用が可能なバーベキュー場)が複数あるのは、集合住宅ではサンマも焼けない不満解消のため? とも。
 脱線しますが、今年のサンマ不漁は深刻そうで、魚を確保できない気仙沼「海の市サンマまつり」は中止され、目黒のさんま祭は昨年の冷凍物を使用したらしく、それで盛り上がれたのだろうか?
 先日、実家で食べたサンマも脂が少なく「一夜干し?」と感じたほど(サンマの味はしました)。


 海沿いの低地育ちのためか、子どもたちは起伏のある公園が珍しいようで、一枚上「富士公園:江戸川富士とする人工的な丘」や、上「なぎさ公園:展望の丘」の傾斜地を走り回っています。
 付近から東京ディズニーランドが見通せるように(右は江戸川護岸から見えるシンデレラ城)、葛西臨海公園やディズニーランドの敷地となる大規模な埋め立ては、漁場を汚染された漁師たちが漁業権を放棄したことでスムーズに進んだようにも……


 公園の一画に「なぎさポニーランド」があります。
 ポニー用の施設にしては広く、整備が行き届く様子に驚きましたが(以前の馬事公苑よりキレイ?)、子ども相手の施設なので神経を使うようです。

 下は「みんなの田んぼ」で、狭いながらも小学生たちが田植え〜稲刈り〜天日干し〜脱穀〜餅つきをし、みんなで食べる反省会(?)で締めるそう。
 公園に遊びに来た子どもたちが関心を持っても、全員が体験するには狭そうなので、少しずつでも広げて周辺の小学生たちの郷土学習(以前は田んぼだった)の場にできれば、とも。


報告──携帯電話が解約となりました

 これまで持たされていた(?)会社支給の携帯電話は、会社の都合により解約となりましたが、不便を感じないため、いまのところ新しい携帯電話を持つ予定はありません。
 固定電話+インターネット+携帯電話で5,000円/月程度なら考えるのですが……

2017/09/18

液状化防止の必要──葛西沖埋め立て地

2017.9.9【東京都】──左近川親水公園

 西葛西駅の南側に連なる緑地帯(グラウンド、公園、遊歩道)は、旧葛西海岸堤防沿いに整備されたもので、埋め立て前の海岸線だったようです。


西葛西駅南口 ムクドリの木(リンク先YouTube)

 右は、西葛西駅前名物(?)ムクドリの群れが騒がしいクスノキ。
 集まり始めて10年近いそうで、追い払うための「パリパリ音」を流す設備もあるが、慣れてしまえば「暴走族でも来たの?」と、どこ吹く風で居座ります。
 先日の夕方、群れをなして飛ぶ様子を目にし、1000羽以上とされる数の多さに驚きますが、天敵の少ない都市部は居心地がいいようです。
 部屋下見の際、ベランダに鳥防止用ネットが張ってあったのはそのためかと……(現在外されている)




 秋季東京都高等学校野球大会の一次予選がこの日から始まり、上は東京実業(一塁側)対 高輪(三塁側)試合前のあいさつ。
 以前東東京大会ベスト8の成績を残す高輪の選手が9人しかいないのは、スポーツ特待生募集を停止したためで、少子化時代に向け学校の特色を明確にした結果のようにも。
 一方の東京実業は応援も多く、楽器は無いも部員たちの声による応援に力が入っており、そんな印象通り15対5で東京実業が勝ちます。
 やはり高校野球は「元気ハツラツ!」なので、見ていて気持ちいいものですが、カメラ位置は内野スタンドで、ファウルボールが飛んできそうな場所なのにネットが無いのはちょっと怖い……




 この日は、日照不足・低温で遊び足りない子どもたちが水に入りたくなる陽気のため、9月に入っても稼働する自治体サービスで、はしゃいでいます。
 以前付近は葛西海岸堤防が築かれた海岸線で、1972年から埋め立てが始まります。海抜ゼロメートル地帯を踏まえ盛り土されますが、東日本大震災では液状化現象により住宅や道路にも被害が出たとのこと。
 軟弱地盤の埋め立てでは被害想定が可能なので、お金がかかったとしても液状化防止対策(地盤改良、水を逃がす等)をしておけば、土地は地域の財産になったはずです。




 荒川に面した新左近川水門付近の船置き場ですが、干潮時には水が引いてしまい船は泥の上に。出港時にスクリューがちゃんと回るか心配になります。
 以前は、奥のつばさ橋との間に江戸川区営 新左近川マリーナが整備されるも、浚渫工事が行われないため廃止とされます。維持できないものを作る税金の無駄遣いは、いい顔をしたい人物によりそうで、住民の監視の目が必要となること自体、情けないとも。

 付近の池にはボート場がありますが、数える程度の利用者に対して職員の数が多いように。
 岸辺には桜が多いので、春は千鳥ヶ淵のように(?)にぎわうとしても、閑散期の人員調整が区の施設ではできないように見えてしまう。
 下写真上の白い建物もボート小屋と思われますが、こちらは営業が停止されています。

 ガキが、銃で威嚇する姿勢を覚えたのはテレビの影響でしょうが、きっと自分も同じだったことと……

 釣りとスマホはベストマッチと思える光景ですが、ヒマつぶしの助けとなるスマホでも、ヒットするするまで眺めていたら電池が切れちゃいそう。

 周辺の大規模なウォーターフロント開発が成功例とされるのは、地盤沈下で水没した土地を埋め立て、京葉線や東京湾岸道路の建設が、バブル崩壊前に完了したことに対する評価らしいが、液状化防止をしていない土地はまだ余っているように……

 まだ残暑は厳しいながらも、ススキが穂を伸ばす姿は、夏の幕引きをせかすようにも(下)。



追記──Yes, Yakult !

 このところ腹が下り気味で(水が変わったせい?)、普段の薬をあれこれ飲むも改善しないので次の手を考える際、「生きて腸内に到達する乳酸菌 シロタ株が1本に400億個」が耳に留まり飲んでみれば、あらビックリ、改善するじゃないですか!
 ヤクルトの効き目を初めて実感しますが、そんな信奉者が多いゆえ多くの「ヤクルトおばさん」を見かけ、ヤクルト球団を維持し続けられるのかと。
 これまで、ずっ〜と失礼していました……

2017/09/11

庶民が集まる新しい町──西葛西

2017.9.2【東京都】──西葛西周辺

 耐震強度不足で建物が取り壊しとなるため、8月末に田町→西葛西に転居しました。
 神奈川育ちのため転居先選定では、大森、蒲田、千歳烏山、東武練馬 等、都心の西側をを見て回るも、交通の便(東西線の混雑を覚悟)と生活の便利さを優先しました。
 東京メトロで都心に入れるので、交通費は安く済みそうと。



 「ファミリー向けの住宅地」の印象は、以前知り合いが3家族暮らす時分に足を運んだ記憶と変わらず、現在も子どもが多く活気ある町に見えます。
 その一方、居住棟は全世帯1DKなので、老人ホームのような構成(田町同様お年寄り+外国人)ではないかと。

 右は、玄関前から見えるスカイツリーで、集合住宅の間から見えるあたりが西葛西らしいとも。
 ルックスも存在感も、東京タワーの方が格段にまぶしく見えるのは、育った時代のせいかも知れません……


 大型スーパー、家電量販店、ファミリーレストラン 等々、生活必需施設の各店舗が競争意識を持つことは歓迎ですが、週末のまとめ買いによるレジの大混雑は避けられないようです(ダイエー撤退のせい?)。
 人口密度は江戸川区内第二位ながらも、公共サービスは不足気味で(区役所の出張所は隣駅、駅前郵便局も大混雑と)不便な面も。

 上はイオン(旧ジャスコ:年配者はまだジャスコと呼ぶ)最上階の倉庫のような高い天井。
 右の、高架線路下の商店街も活気がある西葛西駅開設は1979年なので、新しい町になります。


 周辺住民の多くが生活者+通勤労働者のため、重なる動線では流れに従う必要があり、慣れるのはすぐとしても、その時点でうんざりしそうです。
 2016年度全国鉄道混雑率第1位 東京メトロ東西線 木場→門前仲町間(199%)の混雑は覚悟していましたが、10時出社なのでラッシュの印象はありません。
 ですが帰宅時になると、快速の停まらない南砂町、西葛西、葛西駅の利用者は、快速をスルーして各停を利用するため、快速後の各停が混雑します。
 上左側の、押し屋+人間ホームドア(両腕を開いて電車を送り出す)人員が各駅に配置される様子から、ピーク時の大混雑が想像されます。この路線でホームドアを設置したら、いつまでたっても発車できなさそうです。


 神谷町駅に向かうため茅場町で日比谷線に乗り換えると、乗降が頻繁なため混雑は気になりませんし、変わらぬ「冷房強め」のおかげでひと息つけます。
 6年ぶりにPASMOで通勤定期を購入しましたが、ブランクに関係なく年齢が加算されるのは便利な反面、心情的には「余計なお世話」と感じたりします。

 一般に江東デルタ地帯と耳にしますが、荒川を隔て隣接する江戸川区が大丈夫なわけもなく、上の看板のように駅周辺はゼロメートル地帯のようです。
 部屋は14階建ての11階なので、直接の被害は無くても身動きが取れなくなりそうです。

 東京湾の脇に面した田町と、湾内を流れる潮風の本流が通り抜ける湾奥では、風の肌触りが違います。
 田町は運河に近いも高い構造物で遮られるためか、海風は涼やかで心地よかったが、付近の風は塩分を多く含むようで、船の甲板のようなさびを所々で見かけます。
 休日の海辺なら気にならないも、通勤時にベタっとすると気が重くなります。

 右は、奥の荒川と手前の中川放水路を仕切る堤防が終わる中川河口付近で、堤防上を首都高速中央環状線が通ります。

 下見の際、インド系住民の多さに驚き「リトルインド:在日インド人の1割(2000人)程度が暮らす」の表現に共感しましたが、数では中国系がもっとも多いそう。
 外見の特徴からインド系住民が多いと感じるも、確かに中国語の会話をよく耳にします。
 インド料理店や食材店は点在するもインド人街がないのは、IT関連会社の転勤族が多く、任期後は帰国するためらしい(右の店名は、印度+STREET+EATでしょう)。
 物価が安く、新しい町の寛容さ、インド出身者が尽力したインターナショナルスクールの設立(英語教育)が、教育熱心なインド人を引きつけたとされます。

 右は、周辺の鎮守とされる西葛西八幡神社。
 東西線の鉄橋付近が以前の海岸線だったようで、高潮・洪水から農地を守るために海を向いて鎮座しています。
 アパート付近は以前「小島町」とされる浅瀬の島だったようで、現在も区画がデタラメで歩きづらいのは、以前の地形に沿った道筋が残るためか。

 都心東側に暮らすのは初めてで、足立ナンバーの車に囲まれる地域には、アウエー感があります……


追記──桐生祥秀 9秒98!

 高校3年で10秒01を記録して以来、日本で初めて10秒の壁を破るか? と期待を背負い続けてきたが、近ごろはライバルに遅れを取る印象がありました。
 ライバルの存在が彼を奮い立たせたとしても、これからは 9秒98がライバルたちの目標になりますから、これまで以上に好記録への期待が高まります。
 スイッチを入れたのは、リオ五輪4×100mリレーの銀メダルではなく、大学最後となる大会のためらしい……

2017/08/28

旧用水と旧街道──六郷用水遊歩道

2017.8.13【東京都】──「丸子川を歩く_6」番外編

 旧六郷用水の中流部を整備した丸子川は、多摩川浅間神社付近で多摩川に合流しますが、中原街道付近から旧用水沿いにせせらぎと遊歩道が整備されています。



 右は中原街道下のトンネルで、奥のベンチ付近から六郷用水遊歩道が始まります。
 東急多摩川線 多摩川駅・沼部駅の中間付近に、八百屋、電気店やカメラ店等が点在する一画があり、段丘斜面と多摩川に挟まれた住宅地で商売になるのか? と感じたことがあります。
 1934年(昭和9年)現 中原街道と丸子橋ができるまで、旧街道(2枚下)は丸子の渡しに通じており、当時の商店が現役とすれば立派と。

 旧六郷用水は遠くまで水を送る使命から、できるだけ標高の高い崖下沿い(左は斜面)を通されますが、現在も斜面に湧水がある様子から、水を集めて流れる効率的な用水だったと言えそうです。
 沼部の駅名から湿地帯が想起されるように、多摩川の氾濫原(洪水時に浸水する低地)は次々開拓されますが、川辺に近づくほど洪水の危険性が高まるため、用水は多摩川の氾濫をできるだけ避けようと崖下を通されたようにも。
 自然の川と違う不自然な流れには、人々の切実な願いが込められています。



 季節外れのため絵で伝わりませんが、福山雅治「桜坂」(リンク先はYouTube)の舞台とされた地。
 旧中原街道の風情が残るも、切り通しとされたのは大正時代で、それ以前は「沼部の大坂」と呼ばれるキツい坂道だったようです。
 交通量は少ないため、木陰の路肩で休憩する車が何台も見られます。風の通る心地いい木陰で、多摩川を見下ろす眺めはよさそうですが、この季節は葉が茂り見通しが利かないほど、こんもりしています。




 寺院の境内には、カフェのようなオシャレなテーブルセットが置かれます。
 檀家の方が木陰でひと息つくためでしょうが、寺社の木陰は蚊が多いため落ち着けないようにも。

 右下の庚申塔は、傘のように刈られた木と背後の白い壁に、見事にハマっています。
 木を手入れと、白い壁の維持により保たれる光景は、町への愛着から生まれるようで、地域文化はそんな意識から根付くのではないかと……

 右は、鵜の木松山公園を造成中に発掘された横穴墓(おうけつぼ)で、古墳時代末期から奈良時代にかけての有力者の墓とのこと。
 古墳との違いは墳丘の有無によるため、野毛大塚塚古墳(古墳時代中期)のような墳丘は見あたりません。
 一般的には、いくつも墓が集まる横穴墓群として発見されるようで、一族の共同墓地だったとも。

 亡き父は次男なので、墓地を新しく探す必要がありますが、新しい墓の選択って結構難しかったりします……




 以前、七堂伽藍があった大寺院の敷地は広く、地図で目にした大きな池を目指すも墓地区画のようで断念。上は、鐘楼前のコンクリートに埋め込まれた印(?)。
 現在の下丸子駅付近は矢口渡し平間の渡しの分岐で、人の往来が多かったようです。

 旧六郷用水は、この先の東急池上線 千鳥町駅に近い南北引分け(分岐点)で、「北堀」(池上、新井宿、大森方面)と 「南堀」(蒲田、六郷方面)に分かれます。
 水利争いは死活問題になるので、キッチリ2等分するため腐心したようです。


追記──「リトルインド:西葛西」に転居しました。

 前アパート取り壊しによる退去期限まで1年を切り、現実的な選択を迫られ希望を出したところすぐに空き家情報が入り、これも縁かとバタバタと決めました。
 詳細は次回となりますが、散策する余裕はないので1週休みます……

2017/08/21

東京と神奈川の違い──多摩川台公園

2017.8.13【東京都】──「丸子川を歩く_5」

 以前、田園調布周辺の高台には複数の湧水があったようですが、住宅街整備の際に下水とされたようで、現在は単なる谷間の道路に。



田園調布

 田園調布の地位が揺ぎないのは、渋沢栄一が田園都市開発を目指し設立した、田園都市株式会社の鉄道部門が東京急行電鉄の始まりとされるため、東急がシンボルとして支えるためでしょう。
 東五反田周辺の高級住宅街の閉鎖的な印象(個人宅の監視カメラだらけ)と比べると、「町は文化」というプライドのおかげか、部外者も散策を楽しめる町のように(SECOMが守っている?)。
 丘陵地の暮らし=坂のある町を楽しむゆとりとしても、わたしは平坦地(庶民の町)の方が暮らしやすいと。




 古墳群のある高台は上水道施設に最適なため、1918年(大正7年)荏原水道組合が浄水場を建設します。32年東京市への編入以前は、地域で上水道施設を管理していました(35年東京市が組合を買収)。
 右は、旧沈殿池・ろ過池跡を生かした公園ですが(現在地下貯水場に水生植物園の水を貯水)、当時は学校のプール程度の施設でまかなえる世帯数だったのか?

 一帯はシンボリックな高台ですから、古墳に埋葬された方はかなりの権力者だったようです。



 神社の展望台や、東急線の車窓から見事な富士山が見えましたが、近ごろの武蔵小杉高層ビル群はじゃましてないですよね?(この日は視界不良で確認できず)
 富士山を信仰する神社のため、右の参道は富士塚のような疑似登山道とされます。
 北条政子に始まったとされる信仰を重要と考えたようで、古墳の上に神社が建てられました。

 以前から古墳は、副葬品が盗掘される事例が多い上、付近の丘陵地は利用価値が高いこともあり、粗末な扱いを受けたように見えます。

 門前にあるバラックのような釣具屋は、まさに昭和遺産! 取水堰付近に(最後の写真)魚が滞留するためか、商売できる程度の需要はあるらしい。
 以前付近で釣り竿を抱えた故 立川談志氏を見かけました。釣り好きらしいも職業柄、庶民の生活感リサーチの場としては最適な環境に思えます。

 旧六郷用水のうち、丸子川とされる流れは付近で多摩川に合流します。下は付近に残る当時の施設。
 その下流、中原街道の先から旧六郷用水沿いに、せせらぎと遊歩道が整備されています。


 多摩川を境に接する東京都と神奈川県では、岸辺の利用方針に違いが見て取れます。
 東京都にとって多摩川は、水資源・運動場の確保に欠かせない存在なので、有効活用が求められます。
 一方、神奈川県の水源は丹沢や相模川ですし、近くの等々力緑地にグラウンドがあるので、河川敷運動場は整備費を削減する分ハードルを下げ、自由に利用できる広場としたいようです。
 堤の上に道路を通した東京より、歩道が整備されている神奈川の方が散策も楽しく、岸辺にゆとりが感じられるのは仕方ないのでしょう(右は神奈川県側)。