2014/11/10

「どんぐりがいっぱい!」──小金井公園

2014.10.18【東京都】──「石神井川を歩く_1」

 春にスタートした隅田川散策を終え、今回から支流の石神井川を歩きます。
 あまり「隅田川水系」と耳にしませんが、支流である石神井川・神田川・日本橋川付近を歩けば、23区の北・東部(荒川までの間は終了)を網羅できる? という企画です。
 都市部の河川に見所は少なさそうでも、「水の道」を切り口として川沿い周辺を歩こうと考えています(新河岸川も支流とされるが、ほとんど埼玉県なので外します)。



都立小金井公園

 石神井川は小平市の小金井カントリー倶楽部を源流とする河川で、市街地をぬうようにして北区王子駅の先で隅田川に合流します。
 ゴルフ場には入れないので、隣接する小金井公園からのスタートです。
 前回は花見の「ひょっとこ踊り」と遭遇しましたが、今回は「小金井なかよし市民まつり」の開催日。
 はっぴ姿を目にすると「イベント感」が高まりますし、オヤジたちは和太鼓演奏でいい表情をしています。

 とても広い公園ですが、国営昭和記念公園はここの倍の広さらしい…… 1954年(昭和29年)開園。


 公園内には、両国の江戸東京博物館分館「江戸東京たてもの園」(江戸・東京の歴史的な建造物を移築保存・展示する野外博物館)があります。
 かなり力が入っており、寄せ集めでもしっかり手入れされているので楽しめる施設です。

 日本家屋では地味な絵(上の庭と右部屋の灯りが好き!)ばかりなので、押さえで撮った右写真を……
 以前信濃町にあったドイツ人建築家のデ・ラランデ邸は、この地で茶房に利用されています。
 

 気安そうな「のれん越し」からは、「やけに冷えてきたなぁ〜」と聞こえそうですし、のれんをくぐる女性の仕草には時代を超えた可愛らしさを感じます。

 右は赤坂から移築した高橋是清(これきよ)邸の庭園。
 赤坂邸宅跡の公園にある水辺を思い起こすと、この絵と重なり合う印象があります(こちらの方が数段上)。
 2.26事件で凶弾に倒れた建物と共に、元首相もここでゆるりとしているのか……

 周囲から「ドングリがいっぱい!」の声が聞こえるように、この季節はポトポト落ちてくる実に直撃されたら「ラッキー!」とよろこぶのが正しい歩き方のようです。
 開発地とは区分された公園ですが、武蔵野を体感できる森や緑が身近にあることの大切を実感できます。

 ガキ時分の相模原では、昆虫採集や秘密の場所だった林が次々開発され、「木々は伐採されるもの」と擦り込まれた記憶が残ります。
 ガキ時分のわたしがこの森を目にした際の「こんな森にカブトはいねえ。もっと探検するような森じゃないとカブトは見つからない!」との声が聞こえた気がします…… 

 右写真の右奥にある池でカワセミを見かけます(毎度「ココ→」的な小さな姿なので掲載せず)。
 隣接地に確保される、普段立ち入れないバードサンクチュアリなどの取り組みの成果のようです。

 判読不明ですが、ここが本シリーズのスタートとなる石神井川「上流端:左看板」の地。
 塀で囲まれた源流地「小金井カントリー倶楽部」の外で初めて目にできる場所ですが、ほとんど流れはなく源流のイメージにはほど遠い姿です。
 このようなチョロチョロの流れが集まり川の流れになる様子を、見て歩ければと思います。


追記──現在携わる雑誌が休刊を発表しました。

 5月に結末は見えていながらも、7月にハッタリを発表し、9月には最後まであがく姿を示しますが、ズルズル先に延ばしてもダメと11月にようやくあきらめたようです。
 既に大義を失い、職探しを始めていますが、この歳では厳しいものがあります。
 まだ首を切られずにいるので、その間に何とかしなくては……(ここまで書いた手前、雑誌名を書けなくなりました)
 わたしに出来そうなことがあったら、お声掛け願います!


追記──国民が思っていても言えなかったこと……

 放射性廃棄物の最終処分場は「福島第一原発周辺以外に適地はありません」と、栃木県の指定廃棄物最終処分場候補地とされた塩谷町町長が提言を発しました。
 福島の被災地域の苦労で、分散できるものは少しでも手助けをしたい気持ちは、他の地域に暮らす人々はみな思うところです。
 ですが、このままでは押しつけられてしまうと追い詰められた地域住民が、「放射性廃棄物をばらまくのはおかしい」という正論を、国民が思っていても言えなかったことを言わされる格好となりました。
 圧力や感情に流されず正論を訴える勇気は、人として正しい行動と思えます。
 福島への配慮は大切だが、「負の遺産である放射性廃棄物を分かち合う」としてばらまけば、汚染不安地域を拡大させてしまうことを踏まえた議論がなされるべきです。

2014/10/27

これが21世紀の高さ!──東京スカイツリー

2014.10.15【東京都】──「隅田川を歩く_おまけ」


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 東京スカイツリー攻略作戦は平日の午前中と考えていたので、遅めの夏休みがプラスひと月遅れとなった休みに挑みました。


《4Fチケットカウンター》


 まずは、訪問日の状況を説明をします。
 10月15日(水)午前10:00頃 曇り(前日は台風一過の快晴も強風で営業休止)。
 4Fチケットカウンター(天望デッキ入場券:2,060円)待ち時間:10分程度。
 天望デッキフロア350 チケットカウンター(天望回廊入場券:1,030円)待ち時間:0分。
 肩すかしのように、すんなりと最高地点に到着しました。
 ──ルートは、4Fから天望デッキ(350m)までのぼり、そこから天望回廊(450m)へのエレベーターに乗り換える、東京タワーと同じ要領。ちなみに東京タワーの料金は、大展望台(150m):900円、特別展望台(250m):700円。計算すると、高度単価を大体合わせているようです。

 普段の平日、午前中、曇天が出足を鈍らせるようです(帰りにはまま人がいた)。夏休み期間は満杯でムンムンしていた4Fの行列スペース(上)に並ぶ人はいません……


《天望回廊(最上階)へのエレベーター》

 エレベーターの奥には、天井がシースルーの部分があるので、乗る際は先頭に並ぶべし!
 スピード感は無いが、見上げる姿勢でタイムトンネルを通り抜けるような光景はアトラクション的で、受けはいい様子。
 わたしは往復とも上ばかり撮っていて、扉のシースルーを見てないので、是非とも両方チェックして下さい。

 エレベーターからブルース・ウィリスを想起しますが、ここ結構高いけど下から撮れるし、チャレンジしちゃう?


《天望回廊(450m)》


 「ツリー観光攻略サイト?」に従い、一気に頂上までのぼります。
 上写真の第一印象は「こんなに空いてるの?」かも知れませんが、景色を目にした第一声は「次元が違う。これが21世紀の高さか!」と息をのみ、口は開きっぱなしに……
 SF映画の舞台のようで、ダース・ベイダーが現れそうにも。

 都心を外れた住宅地で周囲に高層ビルはないため、摩天楼を見下ろすような景色ではないが、都心方面を見渡せるいい視点を持つ立地と感じます(その背後には富士山が見えるはずなのだが……)。

 足元は、これまでツリーを見上げて歩いた細い路地まで確認できる「Google Mapの航空写真」のよう。
 回廊はヘビが巻き付くような構造で景色が途切れず、「行ったり来たりの繰り返し〜♪」と、前に進めず景色に集中するためか、高所の恐怖感はありません(家々は往年のボードゲーム「バンカース」 の家作駒のようです)。
 右は隅田川(一番手前が清洲橋)と月島方面。

 天望回廊を一周すると、エレベーターを降りた付近にあった記念撮影の立ち位置を見下ろす、カメラ位置に至ります(右の回廊に立つ姿と景色を撮る趣向)。
 はしゃいで歩いたチューブ状の通路は宙に浮く構造と知り、ちょっとめまいが。
 これを先に見ていたら、手すりがあっても腰が引けてたかも……

 トム・クルーズやジャッキー・チェンなら平気で飛び降りそうですが……(今年の東京国際映画祭に来た?)


《天望デッキ(350m)》


 ここでも東京タワーのてっぺん(333m)より高いのに、「上とは景色が違う!」と高度順応(?)したかのように、少し強気にふるまえたりします。
 このフロアの混雑状況(まま人が多い程度の印象)から、ここで満足して帰る方が圧倒的に多そうに見えます。
 せっかく来たのなら、プラス100mでガラッと印象が変わるので、是非とも最上階の「21世紀の高さ」を実感すべきです!
 耳にしたツアーガイドさんの「時間に余裕があるので上まで行けそうですよ!」にも、勧めたい心情が感じられました。


 わたしは真っ先に最上階へと向かい、衝撃を受け飛び出した目を高度を下げながら戻しましたが、徐々に高度を上げていく登山のようなアプローチの方が、味わいがあるのかも知れません。
 ここも未経験の高さなのに降りてきた者には、「高さに温かみがある」ように感じられました(トップでは興奮していたことを思い知ります)。

 上は、エスカレーターの上部空間を上の階から、できるだけツリー足元に近い場所との高度差を狙いましたが、ピントは背景でしたね……(撮れなかったが、この前にいたアベックがいい感じだった、と言い訳)


 「高さに慣れたみたい」の、思い上がりはここで崩れ落ちます。
 東京タワーにもあるガラス床(上)の上には、どうしても立てません。
 ガラス床外側の縁に立ちのぞき込むも、根元まで入ってないし、右の縁が映っても「トリミングすればいい」と見ないふり……
 早く立ち去りたいにしても、これじゃトリミングのしようがない!
 その時は無理やりOKとして逃げ出した「ダメ写真」から、腰の引けた様子が伝わるのではと、あえて載せました。その姿を脇で見てたらきっと笑っちゃいますよ。
 これは無理、ムリ、むり〜! 縮み上がるとはこのことです……

 曇天で眺望は無くてもこれだけ楽しめたのですから、外見通り「けたちがい」の存在でした。
 でもやはり、ここから晴天の富士山を望みたい願望はあるので、〝I'll be back !〟です。
 それにしても、メタリックの絵だらけ……

 ガキ時分に受けた「東京タワー経験」の強烈な記憶が、今回の行動を後押ししたように思いますし、その時以来となる「初体験の高揚感」を味わうことができました。
 また現代に「今度は子が親を新名所に案内する」という世代交代の姿が見られるのは、都市の発展を支える「平和国家」が続いてきたおかげです……


 家族の事情(父は落ち着くも低めで安定の様子)があるため、一人だけ旅行に行ったらひんしゅくを買うと今年は自粛し、遅い遅い夏休みはこれでおしまいです。


2014/10/20

下町色は失われない──隅田川テラス_3

2014.10.4【東京都】──「隅田川を歩く_30」


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明石町周辺(Map)


 明治初期に外国人居留地とされた明石町周辺は、その恩恵により文明開化の中心地とされ、電信、大学(慶応、立教、明学)、活字等々の日本発祥地とされます。
 居留地廃止後も聖路加国際病院が残されたおかげで、周辺は空襲被害を免れました。
 再開発地区の川岸は、スーパー堤防化によりゆとりある緩衝帯が設けられるも、未完の地域には浅草付近同様のレンガ装飾が残ります(雰囲気はとてもいい)。


月島(Map)

 右は建築デザイナーの思いつきとしても「月島の月」に見えるのは、島の形から三日月を想起するせいか?
 ですが島の名称由来は、月見名所の「月の岬」(三田魚籃寺付近の高台)によるとは驚きました。
 高層マンション建設ラッシュの現在では月も隠れそうですが、月見の席では、月明かりの海に浮かぶ船影を酒の肴にしたようです……


 上は再開発の波に覚悟を決めたらしい住宅ですが、右は新しいビルの角地に居座り続ける飲食店長屋で、根性は見上げるもこの対比には笑ってしまう(勝ちどき付近)。
 そんな心意気が受けるのか、どの店も夕方から人が集まる人気店らしい。
 しかしハマり過ぎで、大資本相手にも「どっこい生きる勝ちどき衆!」、などの地域アピール的施設ではないか? と、勘ぐりたくなります……



勝鬨橋(かちどきばし)(Map)


 上流から数々の橋を見てきましたが、隅田川に架かる橋の「大とり」的な存在で、重厚な姿には現在も背負わされた重みが感じられます。
 明治期に埋め立てられた月島は臨海工業地とされるも、橋の無い離れ島でした。
 月島で開催予定の日本万国博覧会(結局中止)を契機に架橋され、外国の手を借りず日本の力で「格式」「技術」を示すべく、当時の最高技術が注がれた橋です。
 しかし、完成の1940年は第二次世界大戦開戦の前年で、世界から孤立した国の自己満足的な存在となります。
 空襲で攻撃されなかったのは、近くの聖路加病院のおかげではなく、占領後に橋は必要と考えたからでしょう。


環状2号線 隅田川橋りょう(Map)


 最初のレンガ塀以降は月島側の写真ばかりなのは、再開発が加速される中も散策を楽しめ、隅田川を隔てた「下町側の色を失わない」魅力を伝えたかったためですが、オリンピックは敵になるのか? 6年後はいかに……

 上は現在工事中の環状2号線 隅田川橋りょうで、オリンピック会場の晴海・豊洲・有明と築地・新橋を結びます(まだMapも未更新のため、イメージも中途半端)。
 空に向かい翼を広げるような印象を、万歳と受け止める方もいそうですが、これは平和に対する感謝の表現です……


 隅田川河口付近で工事中の新橋が中央にアーチ持つのは、背後にある勝鬨橋が両脇にアーチを持つ姿への配慮で、河口側からの波が重なるような姿はエレガントです(竹芝桟橋より)。
 橋を渡る道路の先、豊洲〜有明にも橋桁の低い橋が架けられており、陸地側への大型船航行の門が閉ざされました。
 それは、勝鬨橋はもう開かないことのアピールで、今後は工場ではなく商業・宅地利用を進める宣言となります。
 また、勝鬨橋が隅田川第1橋梁(最も河口側)の座を追われたことで、「かちどき:日露戦争勝利の雄叫び」も封印されます……


隅田川河口(Map)


 隅田川は、荒川から分岐する新岩淵水門から全長23.5kmとされ、河口は竹芝桟橋付近らしいと地図を眺めると、役所仕事っぽい線が見えてきます。
 上の白線は豊海・晴海桟橋前面を結んだラインで、その延長上の竹芝桟橋からの絵。
 国土交通省は陸上の建造物から物事をはかる役所とすれば、荒川の管理範囲を新岩淵水門〜豊海・晴海桟橋で区切れそうですし、ストンと腑に落ちます。

 以上で、全長23.5kmにしては寄り道で長々歩いた「隅田川を歩く」シリーズは終了となります(両国〜門前仲町・越中島は「大江戸線を歩く」で歩いたので立ち寄らず)。
 これまで「人情」ばかりに目が向いていましたが、それは震災や戦後の焼け野原から立ち上がり、「隅田川工業地帯」を支え合う人々の生きるすべであることを学びました。
 後回しのまま忘れてしまった、映画『下町の太陽』(リンク先YouTubeの倍賞さんには見とれちゃいます)については何かの機会に。


追記──ドクターイエローを目にしたが……

 ドクターイエローとは、新幹線の軌道・電気設備・信号設備等を調べる検査車両で、黄色い車体からの愛称。
 近所の跨線橋(札の辻橋)で、架線とパンタグラフの接触部分に照明を当てながら走る車両を目にし「彼にちがいない!」と。
 「ドクターイエローを目にすると幸せになれる」らしいも、「べつに〜」……
 幸せの黄色い新幹線よ! 設備点検だけはしっかり頼みます。

2014/10/13

夢の堤防緑地化を!──隅田川テラス_2

2014.9.27【東京都】──「隅田川を歩く_29」


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薬研(やげん)堀(Map)

 右の薬研堀不動院は、豊臣秀吉に滅ぼされた現在の和歌山県にある根来(ねごろ)寺の僧侶が逃げ延び建立した寺で、現在は川崎大師の東京別院。

 付近がやげん堀だったと知り、浅草「やげん堀 七味唐辛子本舗」を思い浮かべます(付近から浅草へ移転)。
 ガキ時分に感じた、ひょうたん型の木製容器から漂う「香りの記憶:山椒+α」はいまも残ります。
 使い切っても「香りは残ってる」と別の七味を入れる貧乏くさい心情は、現在でも理解できる気がします。
 薬味とは、香りや味の強い香味料の総称で、ハーブやスパイスも含まれるが、東洋でのルーツは漢方の生薬のため、ありがたい「香り」と感じたのかも……


 上はゴミではなく、装飾品店のディスプレイに飾られる(?)ファスナーの金具。
 近所にある横山町・馬喰町問屋街 (服飾・生活雑貨等)の流れらしいが、その存在を知らないので避けるように歩いていました。
 浅草橋から蔵前の問屋街(人形・ディスプレイ等)は楽しめたので、是非とも歩かねばと思っています。


両国橋(Map)


 江戸時代の隅田川では千住大橋(日光街道東照宮への道)に次いで架けられ、当初二代目「大橋」の名も、川が武蔵・下総の国境から呼ばれた通称が正式名称とされます。

 当時橋の西岸(浅草側)に設けられた「両国広小路:防災用の空き地」では、仮設小屋の営業が認められ、見せ物小屋等が立ち並ぶ江戸一番の盛り場となります。
 小屋では曲芸、小芝居(寺社境内等の芝居)、舶来鳥獣等が見物でき、「お代は見てのお帰り:満足してからの後払い」という大道芸の投げ銭方式が人を集めました。
 城に近いお膝元ゆえ「いかさま」の取り締まりが厳しいも、客はいかさまも「見せ物」として楽しんだとのこと。
 庶民がおおらかなのですから、きっといい時代だったのでしょう……


 西岸のテラス壁面に続くモダンな装飾は、外国人旅行者を意識したのか、われわれも「ここ隅田川?」と驚かされます。
 自分も「バカ言うなよ!」の口でしたが、「隅田川散策はデートに使える!」現状まで努力された方々は、おそらく「してやったり!」の表情ではないか?
 付近の現実的な整備方針は理解できますが、上流同様のスーパー堤防化を理想像として、夢物語(堤防の緑地化)をめざしてもらいたい……


 レンガ塀の装飾から、上流の「あらかわ遊園」付近にあった煉瓦工場と、関東大震災で半壊した「凌雲閣(浅草十二階:レンガ造りの10階建て+2階分の木造建築物)」という地域の記憶を思い浮かべます(レンガ造りの10階建ては無謀だったか?)。
 浅草「神谷バー」のビル(1921年 大正10年)は、関東大震災、東京大空襲(内部は焼けた)も生き延びた鉄筋コンクリート造りで、ビルを建てたオーナーの心意気を讃えたい!(外装はタイル張りか?) 評価は「2011年 国の登録有形文化財登録」のお墨付き。


日本橋町界隈(Map)


 新大橋〜清洲橋間の西岸には日本橋消防署の出張所があり、桟橋には消防艇が並びます。
 管轄地域に河川や海があれば水上部隊は必要ですが、該当する消防署は多そうなので、設備に加え署員も船舶免許が必須だったりするのか?

 船乗りにとって船は第2の生活空間なので、概して生活感ムンムンですが、右の船には貫録があります。
 前回オリンピックの際、横浜桜木町付近の水上生活者は一掃されましたが、その間に定着した人は、次のオリンピックの際にはどうなるのか……


追記──皆既月食をチラッと(10月8日)

 皆既食が終わるころ、わずかに雲間から顔を見せてくれました。200mmの望遠では十分!(トリミングのみ)
 小学生時代の、初めて皆既月食と遭遇した興奮や状況がいまだによみがえるので、ガキ時分の経験の大切さを思い知りますし、この天体ショーのときだけに広がる光景と、今度いつ会えるのだろう? とも……
──日食にも使われる皆既の「既」は尽きるの意で、「光を失う」状態の表現らしい。


追記──祝 ノーベル物理学賞受賞(赤﨑、天野、中村先生)!

 世界の研究者が夢見る賞とされますが、方々には「夢の実現」という輝かしい実績が、またたく間に「世界に広まった」こと以上のよろこびはないと思うも、このご褒美を手にして改めて「名を残した」実感がわいてくるのかも知れません。
 若者よ「理系に大志を抱け!」です。

2014/10/06

庶民の文化を守る覚悟──隅田川テラス_1

2014.9.20【東京都】──「隅田川を歩く_28」

 隅田川を歩こうと思ったきっかけは、以前浅草付近で目にした「隅田川テラス」工事が完成したら河口まで歩こうというもので、どうせならもっと上流からとなりました。
 以前浅草の活気は、吾妻橋脇の船だまり等の猥雑さが原動力と感じましたが、その場所に整備されたテラスのおかげで、外国人観光客が「ここまで足を伸ばすの?」と行動範囲が広がる様子に、環境整備の成果が見て取れます。
 整備のきっかけと思われるホームレスも一掃し結果オーライに見えますが、彼らは別の場所に移動しただけではないか? NHKドラマ『サイレント・プア』(深田恭子主演)のような、取り組みが続けられますよう……


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隅田公園(Map)


 隅田公園にある「パラボラ型の花壇」は、アート環境プロジェクト作品「グリーンプラネット」で、穴から首を出して周囲の花とスカイツリーをのぞく趣向とされ、ちょうど外国人観光客が首を出してくれました。
 犬が逆さのメガホンを被るような姿(体の塗り薬等をなめさせないためのエリザベスカラー)は滑稽でも、表情には「Happy!」さが見て取れます。
 もしエリザベスカラーを被る人を見かけたら、浮気防止用で「わたしだけを見なさい」と装着されたに違いなく、グチくらいは聞いてあげましょう……(冗談!)


厩橋:うまやばし(Map)


 名称は、以前蔵前にあった江戸幕府の「御米蔵」で働く馬の小屋に由来しますが、江戸期の主力交通手段(馬力)なので、「厩奉行」等も配されたとのこと。
 橋には、親柱のステンドグラスや、中央部のレリーフに馬の装飾があります。

 以前この地にあった「御厩(おうまや)の渡し」は転覆事故が多く、「三途の渡し」とされたことから(各地に結構ありそう)、民間の手で架橋することに。
 江戸幕府の架橋制限のため橋の少ない隅田川流域には、白鬚橋のように地域住民が金を出し合ってでも橋を架ける必要性がありました(寄付でなく出資の概念が広まった)。
 関東大震災の被害を受け、国や都が「震災復興事業」として頑丈な橋を架けますが、恩恵はうわべのアメの部分だけで、軍事に利用され痛い目に遭うことに……


蔵前橋(Map)


 近ごろ社会インフラの老朽化問題とされるのは、高度成長期に集中的に作られた設備ですが、それとは別に、関東大震災復興事業として大正末期〜昭和初期に作られた頑丈な橋々にも老朽化問題が迫ります。
 現在東京都が管理する白鬚橋、吾妻橋、駒形橋、蔵前橋等では、架け替え工事を分散するための延命化工事が行なわれています。
 ですが、そんな余裕があるのは東京都だけで、地方の自治体は現在審議中の「地方創成政策」で仮に潤ったとしても、その全部をつぎ込む緊急対策に迫られる状況にあるのではないか?(水路の多い墨田区は、躍起になって延命化工事を推進中)。

 橋には珍しい鮮やかな黄色は水上バスサービスか、裏側もしっかり塗られています。


 蔵前橋下流(蔵前側)の堤防には、なまこ壁の装飾があります。
 外国人観光客はよろこびそうなので続けるべきと思うも、汚れが目立つ白壁を維持するのはちと大変かも(以前は無装飾のコンクリート壁としたらすごい出費……)。
 でも、落書きを目にしない「よろこばしい」取り組みを、事例紹介として広められればと思いつつ……


隅田川テラスギャラリー(Map)


 JR総武線鉄橋付近(両国側)には、堤防壁面に大きな絵が展示できる「隅田川テラスギャラリー」があります(結構距離は長い)。
 この日は、隅田川花火の浮世絵(錦絵)が飾られますが、美術館のように架け替え可能な設備なので、季節ごとに絵を入れ替えるとのこと。
 ホームレスから解放された首都高速下は、庶民が楽しめる本来の姿を取り戻しました。

 上は中学生の卒業制作で、ギャラリーの意図に最も近いと感じた作品。


柳橋(Map)


 隅田川に合流する神田川最後の橋で、神田川沿いには柳が植えられます。
 名称から想起する「柳橋芸者」は、江戸末期に誕生した花街(かがい)を拠点とし、昭和初期には新橋演舞場や明治座にも出演する、芸が売りで格が高いとされた芸者衆。
 柳はどこの花街でも看板で「花柳界:芸妓、芸者の社会(娼婦は含まない)」の由来と思っていたが、中国に由来する「柳港花街:遊女のいる場所」をなぞったものらしい。
 柳の仲間は300種以上あり、主に北半球に分布すると知り、西洋にも女性につながる表現があるのでは? とも。


浅草橋(Map)


 歴史は浅くも「文化を伝えたい」心意気には、京都に負けない気概を感じました。
 東京圏育ちが京都文化にふれると「歴史の重み:日本文化のルーツ」を感じますが、京都育ちは江戸文化の「お気楽さ:庶民の文化」に驚くのではないか?
 江戸期遺産の多くは焼失したため、比較的新しい遺産しか現存しないが、変化し続ける大都会で「文化を守る覚悟」の重さに触れられた気がします……

 近ごろ浅草周辺に幾度も足を運び、町に慣れたと感じるのはうれしいところです。
 浅草橋は柳橋のひとつ上流側に架かる神田川の橋(カメラの立ち位置)。


追記──「自分に勝てた」と言い切る錦織圭選手の気迫!

 男子テニスツアー「ジャパン・オープン」で、2週連続の優勝を果たしましたが、体はかなり悲鳴を上げているのでは?
 少し休んだ方が… とも言いたいが、11月のツアー最終戦「ワールドツアー・ファイナル:ランキング上位8名が出場」という大きな目標への正念場とのこと。
 われわれ凡人は、レベルの低い目標達成に満足していますが、トッププロ選手が目標に挑み「自分に勝てた」と言える瞬間には、どんな景色が広がるのだろう?
 世界は遠い存在だった男子テニスで、こんなに熱くさせてくれる彼の「ファイナル出場」を応援します!

2014/09/29

祭りばやしが聞こえる──本所

2014.9.13【東京都】──「隅田川を歩く_27」

 以前本所区とされた付近は、関東大震災(1923年:大正12年)の被害から工場地として復興しますが、戦時下では軍需工場とされ東京大空襲により灰燼と化します。
 誕生以来何度となく火に飲まれた町のため区画整理が進み、区割りは細かいが歩きやすい(だから面白味がない?)町並みになりました。


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アサヒビールタワー(Map)


 奥の金色のビルはアサヒビール本部、手前のオブジェを乗せた建物はスーパードライホールでビアホールやレストランが入ります。
 もっぱら隅田川・浅草方面を意識した作りにスカイツリーが加わり、浅草側ではこれまで以上の人気撮影スポットとなりますが、看板と同じで立地場所から見上げると異様だったりします…… 


牛島神社例祭(Map)


 牛島神社の氏子町会は、北の曳舟(ひきふね)から南は両国に至るため、本所辺りでは祭りばやしが四方から聞こえてきます。
 例祭前日は各町会ごとの「子ども神輿」が練り歩き、区割りを知らない訪問者は別方向からの囃子に、違う町会に足を踏み入れたと気付かされます。
 狭い路地奥に見え隠れするお囃子の、かくれんぼのような絵を撮り逃してしまった……あれは是非撮らねば!

 下は子ども囃子の太鼓を乗せた台車で、大人が両脇を引き、奏者は歩きながら叩きます。
 本祭の流れを子ども神輿で馴染ませるらしく、将来の担い手取り込みにぬかりはありません。

 東京スカイツリーの地鎮祭は牛島神社によるためか、ポスターの背景にツリーが描かれます。


 本祭から身を引いた(引退勧告された?)ご隠居たちが、子ども神輿をサポートします。引退後も祭りには血が騒ぐらしく、その姿は発散するかのようです。
 口だけは元気なじいさんは、やかましくも面倒見がよかったりするので、そんなコミュニケーションが子供たちに地元への思いを根付かせます。
 いまどきの親は依頼されるのか、金魚のフンのようについて回るが、昔は一人で参加し知らないじいさんに説教され、「外の社会」を実感した記憶があります。

 子ども神輿にも接待所があり、右はヤクルトに群れる様子で、見事なスカウティング! と。
 エサで手なずけるのは近道ながら、「あのエサが好きだった!」ヤツは必ずいますから、まき続けねば…… いえいえ、現物での慰労接待は大切です!

 王貞治さんは本所出身で、本所中学校に「気力」と刻まれた碑があります(ガキ相手でも手を抜かない)。
 ガキ時分と違い、王さんの姿が浮かび背筋が伸びますし、「喝」を入れられた思いがしました。


 人の群れる船上から焼き物をしてるような煙が流れます。船上バーベキュー? らしいが、船の小ささから「ここは台湾 or 香港?」と思ったり。
 浅草だから目にできる光景に違いなく、本来のテーマである隅田川に戻ってきたと感じさせてくれます。


追記──NHK連続テレビ小説『花子とアン』終了

 少女漫画のような極端な設定や展開が楽しめる物語でした。
 貧しい農家育ちの娘が、伯爵令嬢と「腹心の友:親友」になる設定は笑ってしまうも、オヤジにもファンタジーとして受け止められます。
 女性の原作者・脚本家の理想像? とも思えるチャーミングなオヤジたち(主人公の祖父:石橋蓮司、父:伊原剛志、旦那の父:中原丈雄、石炭王:吉田鋼太郎)や、長身でイケメン男を添え物にしたい!(旦那:鈴木亮平、令嬢の旦那:中島歩)願望のストレートさも理解できました。

 吉高由里子の楽しげに演じる姿には安定感もあり文句のつけようも無いが、終了してもなお「何で彼女が選ばれたのだろう?」の疑問は消えません。
 一方、仲間由紀恵という女優は、演ずる人物像を見る者に染み込ませる力を持ち合わせており、30代なかばで大成した印象を受けた。
 そしてそして、顔は見せないが「このドラマの顔」である、ナレーターの美輪明宏さんこそが本作成功の最大の功労者でしょう!
 「ごきげんよう、さようなら……」(この手の言葉が流行語でもいいと思う)


追記──現在暮らす住宅が「除却(じょきゃく):取りのぞくこと」に……

 現在暮らすUR都市機構「田町駅前市街地住宅:1966年(昭和41年)建設」は、「耐震基準改正:1981年(昭和56年)」への対応が課題でしたが、大震災を契機に動き出した耐震診断の結果と今後の方針についての住民説明がありました。
 室内に鉄骨を配する工事が必要で一時退居や、居住面積が狭くなる利便性の悪化、高額な費用見積等より、「耐震改修を断念し、除却する方針」とされました。
 今回の説明会は「危険な建物から早く退居したい」人への案内で、未定だが最終退居までは2年半程度のスケジュール感らしい。(テナントの「りそな銀行」は10月に移転)
 説明会で立ち退き料の金額が示され、大金ながらも質疑応答でポンポン出てくるその金額に、NHKのコント番組『LIFE』のナンチャンのコント「はい、100万円!」を想起し、「大金」として実感できる金額であることを納得しました。
 入居時に7年は継続予定と聞いたが、12月で3年なので最短でも5年半であればしかたないと思うも、必要と思わない引っ越しはやっかいです……


追記──御嶽山は活火山です。

 信仰対象の山なので登山者が多いことも分かりますが、「御嶽山は活火山」であることを軽視していないか? 富士山も安心できる山ではありません(覚悟を持って登るからありがたさがあった)。
 今回の警鐘を受けても「多分、大丈夫だよ」と、繰り返される「自然を軽視する風潮」が、広島の土砂災害を生み出した元凶と思いますが、すべての危険個所に近寄るなとしたら、海岸や山すそには住めませんし、多くの道が通行止めとなってしまいます……

2014/09/22

エ〜ッ、錦糸町!?──変われない町

2014.9.6【東京都】──「隅田川を歩く_26」

 以前、新婚女性の新居が「錦糸町」と聞き、周囲の連中と声を揃え「エッ、きんしちょう〜!?」とハモったことを思い出します。
 それは、東京周辺で暮らす人々の共通認識のようです。
 両隣の両国・亀戸に無く錦糸町にあるのが「WINS:場外勝馬投票券発売所」で、その存在が「町のイメージを左右する」との認識も確かと思います……


より大きな地図で 隅田川を歩く を表示

錦糸町駅周辺(Map)


 「先頭を揃えられないのか?」と言いたくなる、ホーム脇の車両基地。
 義務ではないにしても美意識を持てぬほど忙しいのか、勤務態度の表れか?
 わたしが運転手なら仲間に「揃えようぜ」と言いたいし、それがプロらしさではないかと……

 付近で思い浮かぶのは「楽天地」だけの縁遠さです。
 異質な印象は阪急創設者の手によるためで、系列の東宝が松竹の牙城である浅草への足がかりとしたらしい。
 天然温泉施設を核とした娯楽施設ですが、なぜかWINSの建物にも看板があります。以前ビルに馬券売り場を誘致した経緯から、金づるは離さない執念深さが関西流?
 丸井・WINS裏〜墨東病院周辺の無秩序地帯に根付く暴力団も、関西から引き連れてきたのではないか?
 以前の興行(催し・映画等)にヤクザは付きもので、都内でここだけとされる河内音頭祭りが続く理由とも。
 東京都による「錦糸町・亀戸副都心」の指定は、暴力団排除が主目的だったとしても、現在も何ら印象は変わりません……


能勢妙見堂 東京別院(Map)

 レッドクロスの紋章が印象的な妙見大菩薩は「北極星の神様」なので、星形と思いきや「矢筈(やはず):掛軸を掛ける道具の先端部」のデザインらしい。
 大阪府の能勢妙見山(日蓮宗)東京別院で、幕末に活躍した勝小吉と勝海舟親子は熱烈な信者とされます。
 坂本龍馬も訪れた、島国根性の粘度を感じる日蓮宗の寺院が、日本人の根っこを守ってくれたのかも……

 江戸の外れには各地からの転入者がいるも、関西文化が目につく現状は、何らかの力が働くように見えます。


大横川親水公園(Map)


 木場公園脇を流れる大横川は、前回の北十間川(ツリー付近)から竪川(たてかわ:首都高小松川線下を流れる)までの間が、大横川親水公園として整備されます(地盤沈下の高低差のためではないか?)。

 旧運河沿いの倉庫は再利用され、右の「SUMIDA PARK GALLERY SASAYA」には、カフェ、ギャラリー、劇場施設があります(上は前の水路に竹が映る姿)。
 また近くには、エアリアル(シルク・ドゥ・ソレイユと同じ装置の空中パフォーマンス)スタジオを見かけます。
 日本ではまだ珍しい「空中エクササイズ」は、「肩こり・腰痛 解消!」効果を宣伝している。
 整骨医では首を吊られるので、全身が吊り下げると普段縮こまっている背骨周辺(首や腰)が伸びそうな気がしますが……
 

スカイツリー周辺(Map)


 本所税務署付近に、小梅銭座跡(1736年発行貨幣の鋳造所)の案内があります。
 それ以前から貨幣鋳造は幕府許可制の民間請負事業のため、偽造貨幣(質の悪い貨幣)が勝手に作られ流通するような、大らかな時代(?)でした。
 ギャンブル等で手に入れた「あぶく銭」は、「質の悪い貨幣」に由来するとの説明には、納得です……

 上は、平地に建てた城を店舗とする和菓子「森八本舗」(落雁で有名な金沢の「森八」とは別)の、門に飾られる鯱(しゃちほこ)。
 加賀の老舗と同名で江戸に城を構えるのですから、気合いが入っているのでしょう。


 錦糸町から真っすぐに続く「タワービュー通り:リンク先に上と同じアングルがあった…」はここにたどり着きます。
 ツリー手前の可愛らしいビルたちの会話
 「すごく重いもの背負っちゃった気がするんだけど」
 「こっちに倒れないよう祈るしか無いだろ」
 「ゴジラはこっちに倒さねえよな?」
 「その前に踏みつぶされる……」
 などと聞こえてきそうな、格差社会をサイズ感で具象化したような絵です。
 ですが、ツリーはゴジラを呼ぶために作られたので、彼は必ずやってきます!

 建設時は地元も「下町に世界一のタワーを!」と盛り上がるが、完成してみたらツリーと町並みのギャップの大きさにとまどう様子も。
 東京タワー完成時(1958年)は国民すべてが希望を抱いたが、ツリーには「自慢ではあれ、混雑ばかりで地元は潤わない」住宅地という場所柄の事情が見て取れます。
 わたしのように、レポートはしても金を使わないヤツが一番ガッカリかも……


追記──「メーヴェ」が飛んだ!

 湾岸戦争当時、日本も巻き込まれるとの危機感から、映画『風の谷のナウシカ』の主人公なら別の方策を見いだすはずと、メーヴェ製作を決意したらしい。
 技術的なことは分からないが、ジェットエンジン上の翼に乗り空を飛ぶとは恐れいりますし、みんなの夢を実現してくれたことに「拍手」を送りたい!
 日本は、だいじょうぶダァ〜!